August 02, 2005

今読んでいるのはリック バス「心に野生を」

 今読んでいるのはリック バス「心に野生を」。はるか昔にメモしていた本をようやく読んでいるのである。メモを見たときには確かサスペンスだったなと思ったのだがどうやらアメリカのナチュラリストの作であった。

 読んでいると訳がこなれていないというか、それが作風なのかもしれないけれど不快な感じはしなくて逆に心地よいくらい。ジョン ミューアを思い出したのだけれど紛れもなく現代の話。ジョンのように徒歩でトレイルを歩いたりはせず、長距離ドライブの果てにようやく目的地に到着したりと現代の話でなんだか親近感がわく。

 スティーブン キングの文体に慣れてしまってから、久しぶりに翻訳本を読んでいる感覚を味わっている。本の内容とは別になかなか楽しい感触である。

Posted by hidk at 09:57 PM | Comments (0) | TrackBack (1)

July 03, 2005

アイデア・ブック スウェーデン式

 「『アイデア・ブック スウェーデン式』フレドリック・ヘレーン ダイヤモンド社 2005/03/11」。この本の著者はスウェーデン人で本の内容は自己啓発という言葉がぴったりくるのだと思う。発想の転換のヒントが書かれている。題名にスウェーデン式という言葉がついているけれども、この発想方法がスウェーデン独自のものというわけではなく、著者がスウェーデン人だからというのが理由なようだ。その意味では少々惑わされる題名である。

 「レンガの使い道を50通り考えてください」、「毎朝同じように行っている事に関して10通りの別のやりかたを考えてください」という挑戦系の内容もあれば「アイディアは非常に弱い。無関心な視線や冷笑、咳払いによって殺される」というちょっとおもしろい文もあれば「思いついたアイディアのうち始めの5個は確実に誰かも考えている」というようなどこかで聞いたことのある内容もちらほら。合計で30の項目があり、気分転換やネタとして読んだらおもしろいけれど本気でアイディアを求めるのはどうかと思う。個人的に自己啓発に対するスタンスはその程度なので一般的な評価よりはかなり辛口になってしまったけれど。

 正方形の変形版でイラストもおしゃれな感じがした。字とイラストがかぶった箇所は少し読みにくかったけれども。まあ図書館で借りるのならばお薦めできます、という程度かな。

今聴いているのは、Colin Chin [Alluvial Plains]

Posted by hidk at 05:00 PM | Comments (0) | TrackBack (2)

June 15, 2005

死物学の観察ノート 身近な哺乳類のプロファイリング

「『死物学の観察ノート 身近な哺乳類のプロファイリング』、川口敏、2001.06.29 PHP研究所」

著者は教育学修士でありモグラ研究者。現在では生物学とよばれる分野の研究者なのだが自らは分類学、形態学、死物学といった言葉を使っている。それは副題の「身近な哺乳類のプロファイリング」からもわかるとおり、標本の収集と分析を研究の手法としており標本とは死体のこであるから。種の同定・体長・生息地などからわかることや解剖することによってわかることが楽しくまとめられている。

特別に生物の知識がなくても楽しめる内容で(もうすこし専門的な内容だと思っていたので多少肩透かしの感があったが)、実際に中学や高校での解剖の授業の風景も描かれている。

詳細なイラストがふんだんに盛り込まれており、死体を扱っていながら生臭さを感じさせない理由となっている。著者による仮説も提示されているのだが、それを証明するようなフィールドワークの結果がないのは残念。しかしおもしろい仮説だしフィールドワークは大変だからしょうがないのかな。読者の対象を中学生以上くらいと下げている印象もあるし。

もう少し刺激的な内容でも大丈夫というのならば宮崎学の「死-Death in Nature」や「アニマルアイズ2 死を食べる」がよいかもしれません。「死を食べる」は子供向けの本です。

というわけで今日読み終わった本でした。

Posted by hidk at 09:39 PM | Comments (0) | TrackBack (1)

April 15, 2005

デザイン 柳宗理

 民藝運動の中心人物である柳宗悦が父である宗理はインダストリアルデザイナー。彼がデザインしたものは様々で企業のロゴ、バタフライスツール、マンホールの蓋、瓶のラベル、食器、ナベにヤカン・・・。きっと一度は見たことがあるはず。東急ハンズの調理器具売り場にはカラトリー、ナベ、ボールなどが売っている。ティーポッドもあったような。

 この本にはそれらの大きな写真が載っている。解説などはほとんどないのだけれど「デザイン考」というデザインに関する考えも載っている。それを読むとなるほど柳宗理は創造者なのだとよくわかる。インダストリアルデザイナーとはそのまま工業デザイナーと呼ばれるけれど柳宗理のデザインは、形を作るのではなくてプロダクトを作るうちに形が創られていく。その上でデザインがいいものが売れるわけではないし、デザインがよくても使いにくいものがあると認めているのがさすがでありなんともすがすがしい。

 道を走る車を建物の上から見ていると、そのデザインから車種を見分けるのは非常に困難である。車のデザインって成熟する前に陳腐化してしまうのはなぜだろう。
  

Posted by hidk at 12:09 AM | Comments (0) | TrackBack (2)

April 05, 2005

ヨーロッパとイスラーム -共生は可能か- 内藤正典

ヨーロッパとイスラーム -共生は可能か- 内藤正典 岩波新書 2004.08.20
 著者は一橋大学大学院の教授でイスラーム地域研究が専門。非常におもしろい本だった。ドイツ、オランダ、フランスで行われたフィールドワークの結果がまとめられているがその分析はわかりやすい。特にドイツでのトルコからの移民にページが割かれており日本人にとっても身近に考えさせられる問題も多かった。例えばドイツでは国籍に関して血統主義を貫いてきたのだが移民の増加に伴って出生地主義も取り入れるように憲法の改正を行った。移民2世が国民となったわけだ。将来、日本もアジアからの移民を受け入れる可能性があるといわれているが、国籍問題を解決した上で移民を迎えられるだろうか。それ以前に憲法の改正は可能なのだろうか・・・。

 ドイツだけでなく一般的にヨーロッパ諸国の近代化はキリスト教から政治を分離することによって進められてきた。文化的にはキリスト教の影響は強く残っているが、ほとんどの国では教会の支配の脱却こそが近代化であった。憲法は教会の代わりとなる制約事項なのである。政治とキリスト教との分離を聖俗分離とよばれ、国家に関わる公の領域では宗教色を弱め、宗教から中立の立場をとることである。それと関連して世俗主義とよばれるものもあり、これは公的領域をすべて非宗教にすべきであるという考えであり宗教的規範や価値観な個人の範疇に押し留められる。

 さらに興味深いことにイスラーム国家であるトルコでは厳格な世俗主義が広まっており、法体系にはイスラーム法の影響がない。酒を飲んだりイスラームの慣習を守るかは個人の問題となっている。一方で同じイスラーム国家のイランやサウジアラビアは法律自体がイスラーム法の則っているために飲酒は禁止されており、最高指導者は宗教者であったりする。これはイスラーム教がアラブ地域を支配しているのではなく、そこに住む人がイスラーム教を取り入れている証である。

 またフランスの例では個人主義の徹底により差別が隠れてしまうことが取り上げられている。それは「移民は帰れ」、「サッカーのフランス代表はフランス語でラ マルセイエーズを歌いえないのが多い」という差別的内容を含む発言が社会問題と認識されずに個人問題に帰されるということ。フランスは国家制度として差別を認めていないので差別を行うのはその個人の問題であるということ。なるほど、フランスにも独自の問題がある。

 ヨーロッパはまだしも日本人にとってイスラームはかなり遠い存在だと思われる。個人的に2人のイラン人とネットで知り合い、一人には実際に会っているので身近に感じる機会も多い。特にイランは悪の枢軸国と呼ばれているから気になるし。ふと周りの先進国について考えても日本ほど移民を受け入れていない国はないと思う。アメリカは移民の国だし、ヨーロッパには旧植民地からの移民、地続きのアラブからの移民が流入している。日本はどうなるのだろう。この世界有数の閉鎖性と多民族に不慣れな国は移民問題とどのように付き合っていくのだろう。これは十年以内には現実問題となるかもしれないなあ。

 もう1つ記憶に残った箇所があった。それはドイツのイスラーム移民は生活様式においてドイツと同化するように求められる(刺激の強い香辛料は使わない、夜は騒がないなど)一方で、その移民(ドイツ籍を持っていても)をドイツ人(つまりゲルマン系)だとは認めない傾向があるようだ。なるほどドイツ人と同じように振舞うことを求めるが、ドイツ人とはみなさない。この矛盾に移民は戸惑うのだと。これって現在の日本が潜在的に抱えている問題でもある。人間の多様化というものはかなり繊細な問題を含んでいるものです。

今日読み終わりました。新書なので3,4時間で読めます。

Posted by hidk at 11:51 PM | Comments (0) | TrackBack (1)

March 19, 2005

またしてもだ!腹が立つ

 やっと読み終わったダルトン トランボの「ジョニーは戦場へ行った」はとてもおもしろかった。戦争に行って、手と足を失い、聴覚視覚嗅覚を失った男の話だということは知っていたのでノンフィクションっぽい小説かとおもったらまったく違った。WWII開始直前に書かれた本とは思えない。今でもおもしろい。闇の世界に生きるジョニーがかすかに光を取り戻すところはとても印象的。状況だけに決して明るい話にはなれないのだが、小さな奇跡がクリスマスに起きるのである。

 お薦めです。この本はWWII下で発行禁止になり作者も赤狩りを食らった。初めて知ったのだがヘプバーンで有名な「ローマの休日」の作者でもある。以下は最後の方から引用。

ぼくたちの手に銃を握らせてくれ。そうすればぼくたちは敵を射つ。指導者たちよ、戦争計画をたててそして道を示せ。そうすればぼくたち国民も銃をとり、敵にその銃を向けるであろう。

 肢体を失ったジョニーの言う皮肉に満ちたこの台詞。原題は「Johnny Got His Gun」なのに邦題はなぜ「ジョニーは戦場へ行った」なのだろう。意味がわからない。直訳は許されない事情があるのだろうか。不毛である。

Posted by hidk at 10:22 PM | Comments (0) | TrackBack (0)

March 11, 2005

みんなのプロパガンダ

「われわれは、戦争をしたくはない」  あらゆる国の国家元首、少なくとも近代の国家元首は、戦争を始める直前、または宣戦布告のその時に、必ずといっていいほど、おごそかに、まずこう言う。

「しかし敵側が一方的に戦争を望んだ」
 両陣営とも、相手国が流血と戦火の悲劇を引き起こそうとするのを抑制するために「やむをえず」参戦するという矛盾した構図は、第一次世界大戦時にすでに存在している。

「敵の指導者は悪魔のような人間だ」
 たとえ敵対状態にあっても、一群の人間全体を憎むことは不可能である。そこで、相手国の指導者に敵対心を集中させることが戦略の要となる。

「われわれは領土や覇権のためでなく、偉大な使命のために戦う」
 多くの場合、経済効果を伴う、地政学的な征服欲があってこそ、戦争が起こる。だが、こうした戦争の目的は国民には公表されない。

「われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる」
 戦争プロパガンダではしばしば、敵側の残虐さが強調される。

「敵は卑劣な兵器や戦略を用いている」
 わが陣営は、残虐行為はおこなわない。そればかりか―まるで何かの競技、それも過酷で男性的な競技のように―ルールを守ってフェアな戦いをおこなっている、というのがよくある主張だ。

「われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大」
 よほどのへそまがりでない限り、人は勝者の立場を好む。戦時中の世論の動向は、戦況によって左右される。

「芸術家や知識人も正義の戦いを支持している」
 すべての広告がそうであるように、プロパガンダも、人々の心を動かすことが基本だ。感動は世論を動かす原動力であり、プロパガンダと感動は切っても切り離せないものだと言っていい。

「われわれの大儀は神聖なものである」
 神聖な大儀とあれば、何があっても守らなくてはならない。必要ならば武器を手にとってでも。

「この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である」
 戦争プロパガンダに疑問を投げかける者は誰であれ、愛国心が足らないと非難される。いや、むしろ裏切り者扱いされると言ったほうがいいだろう。


以上は、アンヌ モレリ「戦争プロパガンダ 10の法則」より。読みやすくておもしろい本だった。著者はブリュッセル自由大学歴史批評学教授。3時間もあれば読める本だと思う。ベースとなっているのは1928年に出版されたアーサー ポンソンビーの「戦時の嘘」。そこに記されている10の法則を近代の戦争に当てはめながら読み解いていくのが本書の主旨のようだ。

 プロパガンダというとナチスドイツ、あるいは太平洋戦争時の日本政府をすぐに思い浮かべる。ほとんどイコールで結ばれて記憶されている。都合の良い情報や、嘘を報道して国民の感情を操作する行為という認識だった。本書ではWWI、WWII、コソボ紛争、湾岸戦争、イラク戦争など近代から現代の戦争において用いられたプロパガンダを説明しており、プロパガンダを用いるのはナチスドイツや東条日本だけでない。フランスもイギリスもドイツもアメリカも、NATOもセルビアもアメリカもイラクもアメリカもイラクもプロパガンダを使っているのだ。いわば戦争を始めるための儀式のようなものだろうか。イラク戦争についてはあまり触れられていないが、多分ブッシュは全ての法則にあてはまる発言をしているように思える。まったくもって単純である。

 この本を読んで思うのは、第二次朝鮮戦争が勃発した時、我が政府はどのような対応をとるのだろうか。非常に興味深い。

今日読み終わったのは、アンヌ モレリ [戦争プロパガンダ 10の法則]

Posted by hidk at 11:12 PM | Comments (0) | TrackBack (0)

March 05, 2005

やはりおもしろかった

最近読み終えたのは「『環境リスク学 -不安の海の羅針盤』中西準子 日本評論社 2004.09.20」という本。おもしろいという評判を聞いていたのだが、なるほどやはりおもしろかった。

 環境工学の専門家でり横浜国立大学の教授でもある著者の最終講義の載録から始まる。どのようにして環境問題を扱うようになったのか、環境問題を扱ううちにリスク評価に目覚める過程が非常におもしろいのである。 色々な危険を避けたいけれど、ガスマスクをつけて生活するわけにはいかない。だからリスク評価をして、効果のある対策をしていかなければいかない。主に環境対策と行政の行動を通してぶつかりながら学んでいく。なるほど、環境問題に関わらず意思決定の方法としてリスク評価は有効だろう。著者がそこまで見越してこの本を書いているのはさすが。

 現在ではダイオキシンなど環境ホルモンは問題となっていない。該当物質が減ったのではなく、むしろ多少摂取したところで健康に問題がないことがわかったからである。このことを知らずに、「母乳はダイオキシン汚染の可能性があるから人工乳で育てよう」と考えることは虚しい。このような過ちを犯さないためにも、自らがリスク評価を理解しなくてはならないのだろう。

 また環境工学時代にはただひたすら事実を追及していたが、リスク評価をするにあたり今度は不確定要素を扱うことになってしまった。このあたりは非常におもしろい。天気でも過去の天気や気候の変化は簡単に解説できても、未来の予報は難しく外れることも多い。けれど重要なのは過去の事例ではなくて、これからどうなるのかということ。この考えの応用範囲は広い。

 専門書ではなく一般書だし、BSE、ダイオキシン、サルモネラ菌をはじめ貧困、騒音、魚を食べることなど日常のリスクを簡単ではあるが扱っている。避けれるリスクは全て避けるべきというゼロリスク論ではなく、どのリスクを選択し受け入れるかというのが不安な海で進むべき方向を示してくれる。

ちなみに日本における科学物質のリスクランキングは以下の通り。括弧内はそのリスクによる余命損失(寿命がどれほど短くなるか)です。

喫煙-全死因   (数年~十数年)
喫煙-肺ガン   (370日)
受動喫煙   (120) 虚血性心疾患
ディーゼル粒子 (14)
受動喫煙    (12)  肺ガン
ラドン     (9.9)
ホルムアルデヒド(1.3)
ダイオキシン類 (1.3)
カドミウム   (0.87)
ヒ素      (0.62)
トルエン    (0.31)
クロルピリホス (0.29)
ベンゼン    (0.16)
メチル水銀   (0.12)
キシレン    (0.075)
DDT類      (0.016)
クロルデン   (0.009)

p104より抜粋。
ラドンは放射線の一種。カドミウムは米に含まれている。ヒ素は井戸水では注意が必要。クロルピリホスは害虫駆除剤。メチル水銀は水俣病の原因物質でありマグロや深海魚に多く含まれる。ちなみに着色料、保存料などの食品添加物はこれらよりももっとリスクは小さい。

今日読み終わった本は、中西準子 [環境リスク学]
というわけで非常におもしろかったです。

Posted by hidk at 09:11 PM | Comments (0) | TrackBack (0)

December 03, 2004

図鑑

 図鑑、なんと胸の躍る響きだろう。そこには一人の専門家をはるかにしのぐ知識が記載されていることも珍しくなく読むものを別世界へと連れて行ってくれる。その世界から帰ってきたときには新たな知識を携えることになるのだから図鑑というものはすばらしい。子供時代、一連のセットになっていた図鑑のなかでよく読んだのは魚類、哺乳類、鳥類の図鑑であった。特に魚の図鑑は背表紙がボロボロになるまで読んだ。覚えているのはアジやマグロなど食べられる魚とサケやマスなど身近な淡水魚を何度も読んだことである。その当時を思い出してしまうほどおもしろい図鑑に出会った。しかも4冊も。高い本が多いので是非図書館で読んで下さい。

 「絶滅した哺乳類たち」
 冨田 幸光 (著), 伊藤 丙雄, 岡本 泰子
 いやすごい。人間はがんばって進化したなあと自分で思うけれど、過去に絶滅してしまった哺乳類も独自の進化路線を進んでいたようだ。想像上の動物なんてまだまだ現実のレベルを超えていないのではないかと思うことしかり。みてみてこのものたちの姿を。ブロントテリウムエラスモテリウム メガテリウム。不思議な気分です。かなり進化したであろう生物も今となっては絶滅種。人間もいつか絶滅するのだろうね。
リンク先トップページはこちら「巨大動物図鑑

「アフターマン 人類滅亡後の地球を支配する動物世界」
ドゥーガル・ディクソン (著), 今泉 吉典 (翻訳)
 この本は人類が滅亡して長い時間が経つとどんな生物が進化するかというものを予想したもの。まあSFの世界だけれどありそうなのもいれば、うん?という生物も多い。図鑑はやっぱり現実に基づいている方がおもしろいね。解説も詳しくかかれているのだけれど、図鑑としては読めない。SFならば読めるけれどさ。哺乳類もがんばって進化しているけれど地球ってはやり昆虫の星だと思う。昆虫くらい小さいと重力の影響も小さくてすむので飛ぶことが容易だ。空気との相性もよいと思うし。でも小さいから知能が低いのか。


「世界海の百科図鑑―生態系・環境から地形・資源・保全まで」
ジョン・パーネット(著),川口 弘一 (翻訳), 平 啓介 (翻訳)
 この本こそ文句なく図鑑!といえる情報量を持っている。写真やグラフ、図が多くてとてもおもしろい。世界海洋資源図には魚や海老、石油の小さなアイコンが描かれており楽しい。おお、海はなんて豊かなのだろう。波、干満、台風、津波、極海に関するかなり詳しい説明があって非常に読み応えがある。とてもお薦めです。干満のことは大体わかっていたのだけれど太陽の引力は月の引力にくらべて2/5程度だということを知った。そこまで小さいとは思わなかったよ。


「世界のかご文化図鑑―自然を編む民族の知恵と技術」
ブライアン センテンス (著), Bryan Sentance (原著), 福井 正子 (翻訳)
 ふと手にとった本なのだが心惹かれた。アメリカにはトネリコの木を使ったカゴがあるのを知っていてそれを見たかったのだが、北欧やロシアのカバの樹皮を使ったカゴの美しさには惚れ惚れしてしまう。かごは南半球よりも北半球で発達しており、その地域にふんだんにある材料を使って作られている。手間がかかっているのだが、その手間をかけるほど便利なものだったのだろう。今ではきちんと作られたかごはダンボールやプラスチックに比べてだいぶ高級品になってしまったのが残念。著者が欧米人ということもあって日本の竹細工があまり紹介されていないもの残念。けれど非常におもしろ図鑑です。

今読んでいるのは、梨木香歩 [からくりからくさ]

Posted by hidk at 09:24 PM | Comments (0) | TrackBack (0)