携帯の目覚まし機能というのは非常に便利にできていて電話、メールに続いて重要な機能なのかもしれない。目覚ましだけでなく、10分後を教えてほしいときなどに使うことも多い。バイブでひとうなりに設定すれば浅い眠りならば気がつくしね。
目覚ましの時刻を設定して早速使ってみると、なんとも無機質なことに「アラームメッセージ」という文字がアラーム音とともに表示される。メッセージを設定していないのだから何も表示しなくていいのだが世話焼きシャープはなんでも表示したいのだろう。だから設定しました。おはようセミンと。
セミンに意味はない。文字の見た目と言葉の響きだけで選んだ。まさか自分の名前を入れるのも気持ち悪いし。ちなみに音楽は亡き王女のためのパヴァーヌ。また眠くなってしまいそうです。
今読んでいるのは、リック バス[心に野性を]
この本はいい。何度か読み返したくなる。こんな本は久しぶりだ。
僕がHIVウィルスに感染している確率はなんと50%。うーむショック、となる前に当然この結果には前提がある。HIV検査の結果が陽性だったときに、ほんとにHIVに感染している確率が50%ということ。HIV検査は受けたことは無いが、もしも結果が陽性でもそれほど悲観することではないようだ。
50%という数字の算出方法はなかなかおもしろい。まずは検査を受ける人の母集団をローリスクグループとハイリスクグループに分ける。ハイリスクグループとは同性愛の男性、静脈注射のドラッグの常用者、静脈注射のドラッグ常用者の異性のパートナー、血友病患者、HIV感染者の母親から生まれた子供のいずれかに該当する人達。この人達がHIV検査で陽性だったときに実際にHIV感染者である確率は98.9%なのでこれは悲観すべき数値といえよう。ローリスクグループとは異性愛でまあ普通の生活を送っている人となるのだが、統計的にこのグループではHIV感染者が10,000人に1人の割合なのだと。また検査結果が偽陽性(HIVに感染していなくても検査結果は陽性となる)になるのも1人だから1/2の確率で50%になるのだと。これらの数字はアメリカでの数字なので日本人にあてはめるときには当然、HIV感染者数は少ないため感染している確率は50%よりも高くなるだろう。
医学は科学といっても100%の再現性は絶対ではなく、あらゆるミス、不備、検査限界により偽陽性の可能性は存在する。1度目の検査で陽性となった場合でも、ほんとに陽性である確率はそれほど高くないので状況を判断し追試を受けることが重要なようだ。偽陽性を認めない医者もいるようなので各個が用心するしかないようだ。
もうひとつ扱われていたのが裁判での確率の問題。裁判で提出される証拠の不確実性が示されている。DNA鑑定だって偶然の一致があるし、検査ミスは当然ある。それよりも検察・弁護人・裁判官があやまった統計手法によって判断をくだす場合だってある。たとえばO J シンプソン事件では弁護人は「虐待をしている男性がその相手を殺すのはほんの一部である」と弁護したのだけれど、統計的に有意なのは「パートナーに殺された女性のうち、虐待を受けていた人の割合」という方である。DNA鑑定の結果、証拠と同じDNAパターンの人の存在確率は0.0001%と言われたときにはどのような判断が妥当だろうか。これは10000人に1人は一致すると言っているので10万人都市では該当者が10人いることになる。というわけで結構怪しかったりするのがわかる。今読んでいるのはゲルト ギーゲンレンツァー「数学に弱いあなたの驚くほど危険な生活」。これは面白い本だ。
自分のPCでOSの再インストールということをしたのは初めてだった。こんなことになってしまった理由は簡単でブートドライブをフォーマットしてしまったから。そこにはWin98が入っていて、ほとんど使われていなかった。そのためWin98を削除してOSを1にしようと思っていた。Win98の削除は簡単に終わって、boot.iniを編集して普通に立ち上がる状態のときに何をおもったか「ほぼ空に近いからフォーマットしてしまおう」と実行してしまったのであった。
その結果、OSを起動させるファイルがなくなってしまったので、BIOSの後にwindowsは立ち上がらず、復旧もできなくなってしまってついに再インストールを決意。データは無傷だし、ソフトも別のドライブに置いてあったので意外と簡単に元の環境が戻った。思わぬ誤算というか、ちょっとうれしいことに起動がだいぶ早くなった。やはり使っているうちに垢のようなものがたまるのだろう。PCではあるが芯からリフレッシュという感じがしてなかなか心地よい。
というわけでしばらく更新が滞っておりました。
今読んでいるのは、上原善広 [被差別の食卓]
アメリカのソウルフード、ブラジルの奴隷の食事、ネパールでは最下層カーストの牛肉食そして日本ではあぶらかすとさいぼし。未知の世界だ。
そろそろ色々とデジタル化しておいた方がいいような気がしてきた。とりあえず過去の演奏会のビデオはDVD化した。1本だけコピーガードがかかっていたので対策を考えないといけないのだが。ビデオからビデオにダビングしてそれをHDDにダビングすれば可能だろうか・・・
紙媒体のものもデジタル化しておくと意外と便利。利用するのは紙の状態の方が断然便利だけれど検索性で利点がある。時刻表や過去のこまごまとした書類はデジタルに限る。というわけで小学校時代の書類を少々と神道の祝詞をデジタル化。続いてチャイコフスキーの6番の練習の録音をデジタル化。これは竹本先生コマで3楽章と4楽章。持っている人は持っているが結構レアアイテムではないのだろうか。カセットからPCにアナログで取り込んで音量の変更をして10分程度のファイルにしてmp3にして完成。使うソフトは「Sound Engine」だけでOK。とっても便利なフリーソフトです。
さて後はデジカメ導入以前に撮ったカメラフィルムをどうするか。もう焼き増しはしないだろうからネガに未練はないのだけれど、保存しているフィルムはデジタル化したい。やはりスキャナーかな・・・
今読んでいるのは、スティーブン キング [死のロングウォーク]
これは少年100人がひたすら歩くのだが、時速4マイルを下回ると警告。警告を3回受けると殺されるという設定。シンプルな設定での長編のおもしろさはさすがキング。現在残り64人。
今、ゲルト ギーゲンレンツァー「数学に弱いあなたの驚くほど危険な生活」という本を読んでいる。副題は「病院や裁判で統計にだまされないために」とある。統計を少しでも学んだことがあるならば、公平な数字、誤解の少ない数字を求めることは意外と面倒で世間には怪しげな統計結果にあふれていることにすぐに気がつくのだがやはり具体的に説明されるとさらに納得する。この世は怪しげな数字に満ちている。
今読んでいるのは前半部分で医療分野の統計では乳がん検診に焦点をあてている。ドイツで乳がんの集団検診が始まったのだが統計学上ではその意味はかなり限定されている。乳がん検診を受けてメリットがあると言い切れるのはつまり50歳を超えてから。40代、さらに30代での検診ではメリットは薄く相対的にデメリットが増えてしまう。ある調査では40代で乳がんの集団検診を受けた人の乳がんによる死亡数は1000人に3人で受けない場合では1000人に4人。たった1人しか差がない。一方でデメリットとしては非進行性のガンが発見され外科手術によって摘出されてしまうこと。乳がんは非進行性の割合が40%程度と多いので、乳房を欠損してしまうことの精神的ダメージを考えるとデメリットはなかなか大きい。自分の体の一部が欠損したところを想像してみたけれどやはり想像できなかった。
乳がんに関して引用すると「最近、コンセンサスを得て出された国立衛生研究所の声明は、「現在までに入手できたデータからは、40代女性に乳房X線検査による一斉検診を勧めるべきだという結論は出ていない。女性はそれぞれが自分で、乳房X線検査を受けるかどうかを決めるべきである。」(p82より引用)となっている。およそ日本では聞かれることのないような声明なのだが厳格に数字に答えを求めればこうなるのだろう。早期発見早期治療がガン治療の基本なのはわかるけれど、検診の結果に有意な差がでるのが女性の場合50代からということは覚えておいて損はなさそうだ。ちなみに男性の乳がんの罹患率は乳がん患者の2%程度。
さて裁判所では何にだまされているのだろう。証拠の確定に関してかな?
今聴いているのは、the Beatles [Anna]
iTunesのパーティーシャッフルを始めて使っている。持っている音楽ファイルのジャンルが多いのでこの機能を使ったことはなかった。ロック→クラッシック→落語という風になるのは嫌だから。しかしプレイリストを作って使えば結構いいかも。ちなみに次の曲はSea Of Monstersとある。
テニスのルールは一応知っているというレベル。ウィンブルドンは深夜に放送されるので見る機会が他の大会よりも多いのだがいつのまにか録画になっていた。ウィンブルドンといえば雨による中断。コートに降る雨の映像で1時間というのがざらなので、熱心なファンではない私にとっては風物詩を見逃したような寂寥感を覚えている。
決勝は地上波でもライブなので雨による中断の風景を見れるだろうか・・・日本でダイブレイクしたシャラポワ、連覇しそうな勢いですな。
今聴いているのは、エリック サティ [ジムノペティ第1番]
雨のときにはこの曲がはまりすぎる。この日本の地面で雨によって濡れていない場所は無いだろうけれど、雨が直撃していない場所はあるかもしれない。
三島由紀夫の「禁色」の世界にハマってしまった。以前読んだオスカー ワイルドの「ドリアングレイの肖像」と非常によく似た雰囲気を持っている。それもそのはずで三島由紀夫はワイルドから影響を受けていたのだと。話の大筋は老齢の男作家が自分をだました女達に復讐するために、非常に美しいがゲイの青年南 悠一と結託するというもの。文庫で500ページを超える長編で今読んでいるのは半分の少し手前。鏑木夫人、恭子、康子、鏑木元伯爵に対して復讐を始めているのだが、悠一の男色の為に老作家との関係もまた微妙になっていく。
ドリアングレイを読んでいたときには人間関係、社会構図がヨーロッパであったけれど禁色では舞台が日本なのでより感情移入(に近い感覚)ができる。小説でしか味わうことができない感覚をなぞることができるのはおもしろい。
しばらく前に使われていたゲイを指す「ホモ」という言葉はすっかり使われなくなってしまった。ホモ-ヘテロは純粋な理科言葉だったのだけれど、いつのまにか偏見と軽蔑を含んだ意味を獲得してしまいそのため今や追いやられてしまっている。
今読んでいるのは、三島由紀夫 [禁色]
次は三島の代表作である「金閣寺」を読んでみるとしよう。しかし三島の独特の文章は美しい。骨太でありながら繊細で美しいのはまさにゲイのようである。
この鉛筆は間違いなく15年ものである。小学校の時に手に入れた記憶が確かにあるから間違いない。しかし鉛筆は経年変化に強いようで今でも新品同様。ローテクって概してこういうものなのかもしれない。
鉛筆が好きだ。突然だけれど鉛筆が好きなのである。ちょっと軽すぎるし短くなると使いにくいけれど柔らかい感触と木の香り、丸く変化していく芯というのもなんだか楽しい。ナイフで削るという遊びもあって好きな筆記具である。東急ハンズの鉛筆コーナーも充実しているけれど、画材屋の鉛筆と色鉛筆のコーナは非常に楽しい。なぜならばみたこともないメーカーのたくさんの鉛筆があるから。六角形や丸だけでなく断面が長方形だったり紙巻だったり。そんななかで好きなのは「faber-castell」と「Caran d'Ache」。faber-castellはドイツらしいシャープなデザインでありCaran d'Acheはちょっとかわいらしさがある。Caran d'Acheの水彩用色鉛筆は発色がいいので蛍光ペンの代わりになるしお薦めです。また油彩鉛筆(ようクレヨンみたいなものが芯)も発色が良く、ガラスや金属にも書けるので便利。これは「トンボ」のマーキンググラフという商品。
鉛筆で書かれた物っていまいち正式な書類としては扱われないし、手紙にも不適なように思われているのが残念です。
今日読み終わったのは、宮崎学 [死]
これは森の中で動物の死体を定点観測したもの。季節によって死体の変化していく様がまったく違って興味深い。己の体も森ではあの用に変化していくのかと思うと自然が身近に感じられる。
寝ている人のまぶたがうっすら開いているとき、眼球は上を向いていることが多いような気がする。そして人間の目は上を見るより、まっすぐを見るより、下に視線を向けるほうが楽である。テレビやモニタを目線より上にすると非常に疲れるし、テレビは離れて見なさいと良く言われている原因もこれかもしれないと思った。
眼球を動かすメカニズムは知らないが下向きが疲れないというのは人間の長い採取生活の名残なのかも、というのは言い過ぎか。生活の中では視線を真ん中よりも下に向けるほうが圧倒的に多いし、直立二足歩行というのも理由だろうなあ。
今聴いているのは、ドビュッシー [ラモーを讃えて]
ドビュッシーは夜に似合う曲が多いけれど、この曲はひっそりとした夜に一人(か二人)で聴くのが好ましいと思う。ああドビュッシーの三連符の快感を再認識。
建築について少し調べると興味深い言葉にであった。それは圧縮強度と引張強度。意味はそれぞれの言葉が表現している通りで材料ごとに数値を示すことができ、そこからは材料の特性を知ることができるので面白い。
たとえばコンクリートは圧縮強度に優れているが引張強度はあまりない。鋼鉄は引張強度に非常に優れている。そして木材は圧縮強度と引張強度を両方とも兼ね備えている。これは材料の特徴の一部を示しているに過ぎず、別の角度からみると同じ材料の比較でも結果が異なる。その比較方法とは「単位重量当たりの強度」であり、そこからは木材が圧縮強度、引張強度ともに優れた材料であることが読み取れる。木材は比重が小さいので単位重量当たりで比較する時に鋼鉄、コンクリート、石材と比べるのは好ましくないような気もするのだが最近では大中規模の建築にも木材を構造体として積極的に取り入れられることもあるのでそれはそれでいいのかもしれない。しかし木材を使うと建築の容積に占める構造体の割合が高くなるという欠点を留意しておく必要があるだろう。
さて、斜張橋や吊橋、トラス橋に普通の(もっとも一般的な道路の橋)橋を見てみると材料の特性を生かしているのが良くわかる。橋桁など鉛直方向にのみ力が集中する箇所にはコンクリートが使われており、斜張橋や吊橋の弦は鋼鉄ワイヤーであるし、トラス橋は箱型にすることによって圧縮ではなく引張で強度を保つようになっているのが良くわかる。
より詳しい情報は「北海道立林産試験場」のサイトをどうぞ。
今日読み終わったのは、川口敏 [死物学の観察ノート 身近な哺乳類のプロファイリング]
面白い本だった。もう少し専門的な内容を予想していたのだが一般書でも初級向けの内容だった。死物学とは正式な用語ではないようで、著者は生物学、分類学、形態学という分野において主に死体(標本)を扱って研究している。死体という言葉に拒否感を感じるか好奇心を感じるかはきっぱりと分かれるだろう。もし後者ならば楽しめることは間違いなしである。
CDのプラスティックケースをごそりと捨てた。ジャケットと裏ジャケットは別に保存してCDはペラペラの不織繊維ケースに収納。これはかなりの省スペースでCDだけならば1/5程度、保存しているジャケットを含めてもやったかいはあった。クラッシック、Bjork、特殊仕様のケース以外のものはすべて外した。省スペースにはなったけれど、タイトルや曲名がわかり難くなってしまった。しかし今ではネットにつながっていればタイトル、曲名は入手できるので問題ないはずである。
どのCDにどんな曲が入っているかはだいたい把握しているつもりだし、ちょっと探せばわかるからそれほど不便ではないだろう。他人が見たらまったくわからないかもしれないが。
クラッシックは裏ジャケットに書かれている情報が多いのでさすがにケースから外すと不便しそう。クラッシックにおいて演奏者、録音年、正確な曲名は他のジャンルよりも重要なのである。それはクラッシックがすでに存在している同一の楽譜に基づいた音楽であるからなのだろう。ブラームスの4番はブルーノ ワルターがいいか、カルロス クライバーがいいか、ダニエル バレンボイムがいいか、竹本泰三がいいかは迷うところ。
今聞いているのは、ドビュッシー [夏の風の神、パンに祈るための]
今聞いているのはウェルナー ハースとノエル リーによるピアノ連弾版。「6つの古代碑銘」の1曲目。他にもピアノ独奏版、管弦楽版がある。連弾もシンプルでなかなかいい。
おざなりなりに続けてきたこのblog、ここしばらくはなおざりとなってしまった。「おざなり」は時たま聞くけれど、「なおざり」って何?埼玉大学教養学部教授の山口仲美氏のHPがわかりやすい。こちらのページです。
おざなりとは適当に済ますことであり、なおざりは何もせぬままおくことなのだと。意味も語感も似ているので紛らわしい。紛らわしくても言葉の派生を知れば覚えるヒントになるのは言葉が記号でないあらわれかもしれない。なおざりにもおざなりにもならないようにしたいものです。
今読んでいるのは、三島由紀夫 [禁色]
初めて読む三島由紀夫。ブックオフで100円で購入したのだけれど、厚いというのが買った理由。しかしこれ、なかなかエロ面白いです。
ネットのニュースで中国の反日デモについて読んでいたら思わぬページに行ってしまった。アンカーは「胎児を食べる中国人」となっていたので思わずクリック。
かなり衝撃の画像なので心してください。
http://www2.tcnweb.ne.jp/~perfect/china.htm
しかし、これらの画像は本物ではないという説もあるのでなんともいえない。
http://x51.org/x/05/01/2721.php
真偽はともかく、かなりリアルな画像です。それよりも驚いたのは「プラセンタ」というサプリメントがあるということ。プラセンタ(placenta)とは胎盤のことで、胎盤のエキスをサプリメントにしたものらしい。若返り効果があると言われているのだけれどねえ、なんだか悪趣味の世界に入っている気がする。ブタかウシの胎盤が使われているのだろうけれど、出産後の胎盤が使われているのだろう。家畜の子供は利用価値が高いから中絶するわけないからなあと生々しいことを想像してしまった。
そして衝撃の極めつけは出産後に自分の胎盤を食べるという習慣が日本にもあるということ。うげー。興味のある方は「胎盤 食べる」でググって下さい。
今読んでいるのは、小林多喜二 [党員生活者]
共産党への弾圧がひどかった昭和初期の小説。これが読んでみるとおもしろい。共産党の思想に影響されるのではなく、当時の共産党員の生活というものがまるでスパイのようだから。こんな時代もあったんだなあ。
歯磨きしながら外を眺めていると、小さな発光体が目に入ってくる。ゆっくりと動くその物体は携帯電話の液晶。今ではバックライト付きで大型化しているので携帯電話の画面は夜になると非常に目立つ。一人歩きの女性が携帯を操っている割合が高いのは防犯対策のためだろうか。怖い場所を通る時に携帯で喋りながらという人がいるようだけれど、あれは犯罪抑止効果があるのだろうかとちょっと疑問。通話相手が警察に通報してくれることもあるわけだから多少の抑止効果は期待できるか。
普段持ち歩くもので光るものというのは珍しい。懐中電灯を持ち歩く人はいないし、発光体はファッション的に受け入れられない。光ることによって視覚を刺激することは公の場ではあまり許されないように思う。だから夜に小さな光を発する携帯電話を見ると不思議な気分になる。人間は発光体を持ち歩くようになったのだ。以前持っていたのは闇夜に使った提灯だったのだから時代は変わったというべきなのだろうか。
今日読み終わったのは、島崎藤村 [破戒]
破壊ではなくて破戒だったのか。間違えて覚えていた。現在となっては非常にデリケートな問題を扱っているだけに衝撃的な小説でした。日本にも階級・人種差別は存在するということか。
図書館へ行く途中、公園のベンチで読み残しの本を読んでいたら隣に爺さんが座ってきた。散歩途中のようだけれどけっこうしんどそう。何となく会話が始まったのだがなかなかおもしろかった。その時読んでいた本が鬱に関する本だったのだが爺さんは「ワシもウツじゃ」といっていた。昔のことはよく覚えているけれど最近のことは忘れやすいといっていたからアルツハイマーと混同しているのだろうか。しかし人と喋ることが大切だとか言っているのでウツのことかアルツハイマーのことかますますわからない。
郵政民有化や列車事故、中国問題など話はヒートアップしていき郵政も鉄道も国営が一番だといっていた。中国にいたっては「最近のあいつらは許せん!」と一言。その意見には納得。80歳のインテリ爺さんで話しているとこちらの知識を試してくる。第1の質問は現在の天皇は何代目か。皇紀なら知っているのだが。どうやら今上天皇で125代なのだと。続いて第2問。初代天皇は誰か?「神武天皇」これはまぐれ当たり。知っているのは神武、聖武、桓武くらいなのだから運がよかった。続いて第3問。女性で初めての天皇はだれか?「推古天皇」これもまぐれ当たり。なんとなくそんな記憶があったけれど確信はなかった。続いて第4問。天照大神の性別は?「女性」ちょっとまぐれ当たり。きっちりとした記憶はなかったのだが・・・。運頼みではあったけれど爺さんから「意外と詳しいなあ」といわれなんとか信頼を得たえたようであった。
柔道5段だという爺さんは「歩き始めるときに膝がおぼつかない」といってまた散歩に戻っていった。
今読んでいるのは、ジャレド ダイアモンド [銃・病原菌・鉄]
上下2巻なのでむずかしいかな、と思ったけれどスイスイ読み進む。
「必要は発明の母」に反論していて共感を覚える。画期的な発明ほど瓢箪から駒という場合が多いのかもしれない。
とある百貨店のスポーツ用品コーナーを眺めていた。水泳で使う耳栓に興味があったから。低反発ウレタンタイプとシリコンの栓タイプがあるようだ。クロールで泳いでいるとたまに水が入る。なんだか気持ち悪いのだが気にせずに泳いでいるので今のところ耳栓を買うつもりはない。けれどちょっと気になるアイテムなのです。
値段は700円くらいでシリコン栓タイプよりもウレタンタイプの方が使いやすいのかなと思う。売り場には小さなPOPが張られていて、「体温で乾くのでさわらない方が耳によい、頭を激しく振るのはよくない」と書かれていた。確かに頭を振るのは三半規管に悪そうだからなあ、もう止めようと思っていたら「耳が濡れると浸透圧により水が入りやすくなるのでシャワーなどで気をつけて」とも書かれていた。はて浸透圧。
浸透圧って濃度の異なる溶液が半透膜によって隔てられている時に起きる現象のことだから(長風呂で手がしわしわになるとか)耳には関係ないような気が。浸透圧というよりも表面張力が関係しているのではないだろうか。少なくとも浸透圧は間違いだ。このことに気がついてからPOPに書かれていることの信憑性が気になった。体温で水は乾くのだろうか?うん乾くはずだよな。ハチミツだって36℃程度で水分蒸発により濃縮されるというし。
今読んでいるのは、ジャレド ダイアモンド [銃・病原菌・鉄]
読み進むと内容がきっちりと書かれていることがわかった。題名から想像がつくようにピサロとアタワルパも扱われていておもしろい。情報伝達手段の発達により見聞する機会は著しく増えたのだが、その結果「信じられない」経験は少なくなったのかもしれない。アタワルパは初めて馬を見て恐れおののいたという話です。
「JR福知山線脱線転覆事故」が起こった。死者54人以上、負傷者417人以上。死亡者の名前の一部が公開されていたが知っている人はいないようで一安心。負傷者がインタビューされており「吹っ飛ばされた」、「つり革を持っていたが吹っ飛んだ」といっていた。つり革を持っていたのに、ひどい衝撃で驚いている様子。しかし少し考えてみると、電車は自動車よりも速く走っている。時速60キロや70キロは普通に出ている。そして乗車している人間も当然70キロで動いているのだ。慣性の法則があるから、電車が脱線して止まっても人間のほうはエネルギーを消費しないと止まれない。遮るものがなければ吹っ飛ぶわけです。
電車はそうそう事故が起こらない自信があるのだろう(その意見には賛成だけど)。シートベルトもエアバッグもライフジャケットも積極的な安全装置はない。つり革は気休め程度だろう。そう考えると危険な乗り物か?しかし乗車人数当たりの死亡者数は飛行機よりも自動車よりも小さいはずだからリスクゼロがありえない以上しょうがないのか。
列車で爆発事件が起きた場合は爆発場所よりも前に乗っていた方が安全らしいのだが、衝突の危険性も考えて5両目より後ろに乗るほうがいいのかもしれない。思わず1両目に乗ってしまうことが多いのだが・・・
今読んでいるのは、ジャレド ダイアモンド [銃・病原菌・鉄]
論文ではないので学術的根拠は薄いけれど知的好奇心を刺激するおもしろい本。人類比較論、という感じかな。
同情というより、憐れみを誘う事故によって子供は死んでいく。パチンコ店の駐車場での熱中死はその代表。親がパチンコに行っていて家にいた子供が火事で死んだという事件もあった。このような事件の時には被害者の名前も表示されるのだが、その名前には俗にDQNネームと言われるものが多いように思う。 萌留望(めるも)とか微笑(ほほえみ)とか登夢(トム)などなど。これは今読んでいる本に載っていた名前なのだが一瞬ギャグかと思ってしまう。さらに極めつけは風向(ショア)ちゃん。両親がサーフィン好きだということなのだがshoreには風向という意味はないあたりがDQN度高し。自分の名前でなかったことをありがたくおもってしまう。
また五十音それぞれには意味があるのだと。例えば「き、多彩で華やかで魅力に満ちた人」、「て、人当たりの良さと誠実さが魅力」、「ひ、信念と地道な努力が大きな力に」といった具合。これは初耳である。よくぞたった一音の響きからここまでひねり出したという感じが強いのであるが。一方で統計の部はおもしろい。最近多い名前は「大輝、翔、蓮、翔太、拓海、陽菜、七海、美咲」であり人気の読みは「ユウキ、ユウト、ハルト、モモカ、ハルカ、アヤカ」なのだと。そういえば高校の時にナガシマシゲオとオダマリという人がいて卒業式の練習の時にはいつも笑いそうになったものである。
犬のような名前が付けられた子供が増えないことを祈りつつ。
今読んでいるのは、田宮 規雄「世界にはばたく 赤ちゃんの名前」。
この手の本はもう二度と読まないだろう。
図書館の新刊コーナーでふと「世界にはばたく 赤ちゃんの名前」という本を手に取った。そんな予定はないのだがちょっと読んでみるとあまりにも笑ってしまうような内容だったので思わず借りてしまった。胡散臭いにおいがプンプンなのだけれど、まあこういう世界があるのだなということで。内容は後日。
今読んでいるのは、田宮 規雄「世界にはばたく 赤ちゃんの名前」
著者は占術師。そのわりには占い要素が少なくてその点は良書。しかし参考になるのかねえ。
村田浩二 タンブーラコンサートへいった夢を見た。タンブーラというわりには持っていた楽器がリュートだったし、村田浩二というのも架空の人物。なぜがヴィヴァルディの四季も演奏したりして、その演奏があまりにも下手くそだったので抗議の意味をこめて演奏会途中で帰るというのが夢の内容。しかもみんなぞろぞろ帰るのがちょっとおもしろかった。
会場となったのはこれまた架空の教会であり、これはセンスのよい建築だった。ガラスが使われており開放感と静謐性が両立しているというか。この教会が実在していたら面白いのになと思ったので忘れないように朝起きたときにしっかり記憶した。
今読んでいるのは、小林多喜二 [蟹工船]
プロレタリア文学の傑作、蟹工船。時代が違うなあというのが正直な感想。最後まで読みきれるだろうか。
電車はレールの上に車輪がのっていてその車輪が駆動して動く。エネルギーのロスの源はレールと車輪の摩擦であるから、この摩擦係数が少なくなるような設計がされているはず。しかし一方で駆動輪には摩擦がないと加速ができない。多少ならば坂道も登れる電車っていったいどういう仕組みなのだろう。
雨が降ると車輪が滑って空転する音が聞こえる。新幹線も現在の構造では最高時速が300km/hを超える程度であるのはどうやらレールと車輪の限界だという。これ以上車輪を早く回転させても動力がレールに伝わらずに空転してしまうのだと。
次世代高速輸送として期待されている浮上式リニアモーターもどうなんでしょうか。建設費用は巨額になるだろうし、座席も飛行機のように完全予約だろう(定員以上乗ると重くて浮き上がらない)。その点、予約なし、定員なしで乗れる新幹線はまだまだ便利かもしれません。
今読んでいるのは、スティーブン キング [クリスティーン]
久しぶりにキングの罵り言葉がおもしろい本。
「20年経たてば、車は公式にアンティークと認められるんだ。知っているかい?」1958年型プリマスフューリーをみて。
なんだか中国での日本バッシングデモが起きている。総領事館に石が投げ込まれたり、ジャスコが囲まれたり、日本料理店が破壊されたりしている。なぜ中国は日本に対して怒っているのかというとそれは、「教科書問題」、「尖閣諸島問題」に対してのようだ。教科書問題については戦争の謝罪も求めているし、国連の常任理事国入りにも反対している人もいる。もう、いっさい合切反対しているという感じ。教科書問題は内政干渉だし、戦争の謝罪は国家間賠償は済んでいる。尖閣諸島はもちろん日本の領土で間違いない。なぜこの問題が発生するかというとそれはきっと中国の国策に原因があるのだろう。反日教育と言論の自由が保障されていない。日本バッシングは中国国内問題から目をそらすために利用されているのはもう常識である。
デモに対して、中国当局はなんら対応策をとっていない。領事館に石を投げてもただみているだけ。おいおいこれはどうなんだ?と思ってしまうけれど以前アメリカとイギリスの大使館に投石があったときも対応策はとっていない。どうやらこれが中国クオリティのようだ。このような話をする時には中国と中国人を明確に区別しないとね。今までの話は中国の話です。
今読んでいるのは、スティーブン キング [クリスティーン]
スティーブン キング、雨の夜に読むと雰囲気がでる。闇夜の雨って夜に生命力を与える。雨降りだと音や大気の動きを感じる。これがキングの本とよく合うんだよな。
物理の授業で重力に関して学んだ時に興味深い実験を行った。それは人間の神経の伝達速度を求めるというもの。この実験は2人で行う。使うものは30センチの定規だけ。
1:実験者Aが定規を垂直にぶら下げる。(30センチ付近を持つ)
2:実験者Bはぶら下げられた定規の0センチに親指を合わせ、すぐに握れるようにする。
3:AはBに悟られないように握っている定規を放す。
4:Bは落下が始まったのを目で確認したらすぐに定規を握る。
このときBが何センチのところで定規を掴めたかによって神経の反応時間がわかる。
地球上で物体の落下距離はz=(1/2)gt^2で求められる。このときz(m)は距離、gは重力加速度9.8、tは時間(秒)である。20センチでつかめたらなば反応速度は0.202秒、15センチならば0.175秒程度。20センチ以内ならばまあ普通ということらしい。
落下するのを目で見て、脳が定規を掴むように命令を出し、筋肉が収縮して実際に定規を掴むまでの仕組み。数値で見るとなんだか実感が湧きます。この実験、一人でやっても意味がありません。落下し始めるタイミングを予想してしまうから。
今読んでいるのは、柳宗理 [デザイン]
大型本で作品集。解説などがないのは残念。大阪の樟葉に柳宗理デザインの歩道橋が(多分今でも)あります。
1位 巨人
2位 楽天
3位 ソフトバンク
4位 西武
阪神
中日
7位 ヤクルト
日本ハム
9位 横浜
広島
11位 オリックス
12位 ロッテ
もちろんこれはペナントレース順位の予想ではない。人気ランキングというかテレビでの注目度ランキングはこのような感じではないかと思う。巨人がダントツであるが、楽天とソフトバンクが注目されているのは、言うならばライブドアのおかげだろうか。ホリエモンも社会的に役立っているとつとに思う。一方でオリックスは話題が少ない。
これは現時点での個人的な順位だけれども、どう変化していくのだろうか。楽天がプレーオフにからむとおもしろいかもしれない。今年は交流試合があるから、どちらのチームが注目されているかよりわかりやすいだろう。観客もやっと実数発表するようになったし、今までとは違った視点でも楽しめそうです。しかし今までどんだけ水増ししていたんだろう・・・
今読んでいるのは、中島 らも [牛乳時代]
中島らもの創作落語。この人ももはやいないんだなと思って読んでいます。
「ヨーロッパとイスラーム -共生は可能か- 内藤正典 岩波新書 2004.08.20」
著者は一橋大学大学院の教授でイスラーム地域研究が専門。非常におもしろい本だった。ドイツ、オランダ、フランスで行われたフィールドワークの結果がまとめられているがその分析はわかりやすい。特にドイツでのトルコからの移民にページが割かれており日本人にとっても身近に考えさせられる問題も多かった。例えばドイツでは国籍に関して血統主義を貫いてきたのだが移民の増加に伴って出生地主義も取り入れるように憲法の改正を行った。移民2世が国民となったわけだ。将来、日本もアジアからの移民を受け入れる可能性があるといわれているが、国籍問題を解決した上で移民を迎えられるだろうか。それ以前に憲法の改正は可能なのだろうか・・・。
ドイツだけでなく一般的にヨーロッパ諸国の近代化はキリスト教から政治を分離することによって進められてきた。文化的にはキリスト教の影響は強く残っているが、ほとんどの国では教会の支配の脱却こそが近代化であった。憲法は教会の代わりとなる制約事項なのである。政治とキリスト教との分離を聖俗分離とよばれ、国家に関わる公の領域では宗教色を弱め、宗教から中立の立場をとることである。それと関連して世俗主義とよばれるものもあり、これは公的領域をすべて非宗教にすべきであるという考えであり宗教的規範や価値観な個人の範疇に押し留められる。
さらに興味深いことにイスラーム国家であるトルコでは厳格な世俗主義が広まっており、法体系にはイスラーム法の影響がない。酒を飲んだりイスラームの慣習を守るかは個人の問題となっている。一方で同じイスラーム国家のイランやサウジアラビアは法律自体がイスラーム法の則っているために飲酒は禁止されており、最高指導者は宗教者であったりする。これはイスラーム教がアラブ地域を支配しているのではなく、そこに住む人がイスラーム教を取り入れている証である。
またフランスの例では個人主義の徹底により差別が隠れてしまうことが取り上げられている。それは「移民は帰れ」、「サッカーのフランス代表はフランス語でラ マルセイエーズを歌いえないのが多い」という差別的内容を含む発言が社会問題と認識されずに個人問題に帰されるということ。フランスは国家制度として差別を認めていないので差別を行うのはその個人の問題であるということ。なるほど、フランスにも独自の問題がある。
ヨーロッパはまだしも日本人にとってイスラームはかなり遠い存在だと思われる。個人的に2人のイラン人とネットで知り合い、一人には実際に会っているので身近に感じる機会も多い。特にイランは悪の枢軸国と呼ばれているから気になるし。ふと周りの先進国について考えても日本ほど移民を受け入れていない国はないと思う。アメリカは移民の国だし、ヨーロッパには旧植民地からの移民、地続きのアラブからの移民が流入している。日本はどうなるのだろう。この世界有数の閉鎖性と多民族に不慣れな国は移民問題とどのように付き合っていくのだろう。これは十年以内には現実問題となるかもしれないなあ。
もう1つ記憶に残った箇所があった。それはドイツのイスラーム移民は生活様式においてドイツと同化するように求められる(刺激の強い香辛料は使わない、夜は騒がないなど)一方で、その移民(ドイツ籍を持っていても)をドイツ人(つまりゲルマン系)だとは認めない傾向があるようだ。なるほどドイツ人と同じように振舞うことを求めるが、ドイツ人とはみなさない。この矛盾に移民は戸惑うのだと。これって現在の日本が潜在的に抱えている問題でもある。人間の多様化というものはかなり繊細な問題を含んでいるものです。
今日読み終わりました。新書なので3,4時間で読めます。
今日は上空に冷たい空気が南下してきたようで大気が不安定であった。上空に冷たい空気があって地表に温かい空気があれば確かに不安定だよな。温かい空気が上昇して、雲を作り雨を降らす。激しい上昇により雷がなり雹も落ちる。なかなか楽しい天気模様でした。
最近はめっきり停電することはなくなったけれど、子供の頃はたまに停電した。懐かしい思い出かもしれない。秋の台風シーズン、いきなり電気が消えて真っ暗になる。そして青い稲光が窓のシルエットを浮びあがらせるのと同時に激しい雷の音と家が震える音に大気がゆれる振動。この素晴らしいエネルギーに子供はただ恐怖を覚えるのみ。急いで懐中電灯を用意し、長期戦に備えてロウソクを用意したりもした。ロウソクを灯すという非常行為が楽しかったので、停電してすぐにでも点火したかったのだけれど大抵はすぐに明るくなる。ロウソクの出番は少ないのをさみしくおもった記憶がある。
世の中は進歩は歓迎だけれど、停電の経験は過去のものとなってしまったのだろうか。
今聴いているのは、桂米朝 [近江八景]
これは昆虫の擬態の話。ベイツ型擬態とは無毒の昆虫の容姿が毒虫の容姿に似るということ。それによって無毒虫も捕食される確率を下げている。ミュラー型擬態とは毒虫同士が似たような姿をすることによって捕食される確率を下げるというもの。こちらの解説がわかりやすいです。
「愛媛県総合科学博物館 昆虫ワンダーランド」
この地球上で最も繁栄しているのは人間ではなくて昆虫だと思う。昆虫ほど地球に適応している生物はいないのではないだろうか。彼らの大きさは重力の影響を小さくするのに役立っている。垂直移動も楽勝、逆さに張り付けるし飛ぶ事だって簡単そうだ。数も多いし生態も多用。地球を支配しているのは人間かもしれないが、昆虫の勢力もかなりのものだ。幸いに人間と昆虫は競合することがあまりないので争う事は少ない。争っても昆虫は一方的に虐殺される側なのだが。
街を歩いていると市街地路上駐輪車を取り締まる人々が歩いている。彼らは市役所から委託されているだろうが、受託者は警備会社のようだ。警備しているわけではないのでじいさんやおばさんが多いのだが、特筆すべきはその服装である。濃紺の制服といかつい帽子はまさに警察官の制服の擬態。一方で警察は警備員との差別化を計りたいからたまに制服を変えてたりしている(のかな?)。悩ましい関係だけれど、まさにベイツ型擬態だね。
今読んでいるのは、高塚てつ彦 [やさしくわかる 気象・天気の知識]
昨夜はこの本を読みふけってしまった。気象に関する知識が詳しく、わかりやすく解説されている。今まで読んだ気象関連本のなかでダントツにおもしろい本だ。
愛地球博覧会が始まったようだ。ニュースの画面を見て愛知と愛地球がダジャレであることを知った。っていうかいいのか?こんなダジャレで。このダジャレに大受けしたであろう万博の開催者のセンスがうかがい知れる。なんだか胡散臭いにおいがプンプンするんだよな、この博覧会。しばらくは様子見がおもしろかもしれない。
今読んでいるのは、川上弘美[ニシムラユキヒコの恋と冒険]
川上弘美ってなんだかおもしろくない。つまらないわけではないけど、世界に入り込めるほどおもしろくない。人気作家なのだけど・・・
一家に1冊「理科年表」は必要なものだと思う。もしかすると百科事典よりも役に立つのではないだろうか。単語の意味を調べるのはもはや造作のないことになっているが、理科年表には知られざる情報が眠っている。これ1冊あればトリビアが作り出せ続けるだろう。これがあれば夏休みの自由研究も2日で終わらせることが出来るだろう。
例えば「都道府県庁間の距離」がp617に載っている。長野-静岡186.7kmでありこれは石川-滋賀187.1kmと似た値。ふーん。
「物質の引火点」p403によればガソリンは-43℃以下、軽油50‐70℃、菜種油313‐320℃。なるほど、火のついているストーブに直接軽油を入れるのは非常に危ないということがよくわかる。また気象に関しての情報も豊富でかの土地はどんな気候なのだろう?というときに紐解けば雨量、平均気温をさっくりわかる。うーむおもしろい。寝る前に読むのにうってつけ。
この本のようにさまざまな理科分野の情報が一冊に網羅されている本は世界でも例がないのだという。まずは本屋で立読みしてみてください。
今読んでいるのは、丸善株式会社 [理科年表2005 国立天文台編]
今回は空気の話。透明だし軽いので普段意識しない。人間の体は水で出来ているという言葉は良く聞くけれど、空気が非常に重要だといわれるのはダイエットの時の有酸素運動の時と泳いでいる時くらいだろうか。人間の体をエンジンに例えると水はオイルで空気はガソリンかな。
この空気の重さは1Lで1.3g程。水は1Lで1000g。そして地表付近での空気の重さは1気圧(1atm、1013hPa)では1cm平方あたり1Kgなのだと。ちなみに人間の体には250Kg程度の空気がのっているらしい。これは圧力なので天井のある部屋でも屋外でも同じ値。そうなのかー空気って結構重いんだなあ。もちろん人間は1気圧の条件で生きてきたので、この状態で不自由を感じない体の作りになっているのは言うまでもない。空気もあなどれません。
今日読み終わったのは、トランボ [ジョニーは戦場へ行った]
今聴いているのは、中村 由利子 [私の騎士]
子供の頃、夕焼けを見て泣き出したことがあった。セミを取りに行って、4、5人いた仲間とはぐれて気づいたら一人ぼっちで、夕焼けで、僕は恐ろしいほど孤独だった。まるで天と地の間に僕一人しかいないような、そんな寂しさ。夕焼けは酷い位に綺麗で、赤と金色が入り交じって、あたり一面光っていた。 それなのに、その事を語る事のできる奴は、誰もいない。恐かった。寂しかった。僕は、どうしようもなく無力で、出来る事といったら、泣き出す事だけだった。今でも僕は、その日の事を夢に見る。ちょうどこんな風な夕焼けだったよ。
人間は情報の入力を視覚に頼っている生物といえるだろう。視覚の次は聴覚かな。触覚や嗅覚というものはちょっと優先度が低い。また百聞は一見にしかずという言葉もある。
さて今回の見えないものは放射線である。放射線というと原爆や原発を連想し非常に怖いものと思われるけれど、レントゲンでも浴びるしなにより宇宙からは宇宙線がやってくる。地球も放射性物質を含んでいるので地下に潜ると地上より放射線を浴びる。α線とかβ線とか色々あってそれぞれが特性をもっている。α<β<γの順番で透過力がアップする。α線は皮膚で遮られるがβ線は皮下数ミリまで達する。透過力が大きければ人間を突き抜ける。普通、目で見るには難しい物体のように思われるけれどずばり放射線を見れる装置がある。それが「拡散型霧箱」。確か関テレのミニ科学コーナーにあった。ここは入場無料なので扇町で暇があったらみるのもおもしろい。放射線(宇宙線)そのものを見るわけではなく、アルコールの飽和気体中に残る飛跡を見れるのだが。こんなものが体にぶつかっているのか、と少しは実感できるでしょう。
今読んでいるのは、トランボ [ジョニーは戦場へ行った]
これってWWIの話だったのか。WWIIかベトナム戦争だと思っていた。古典だったのか。
これがその人形です。近所の川沿いにある街路樹の根元に置かれていた。

最近、広島市では軍手人形というものが流行っている。流行っているというか謎の物体として認知されてきている。誰が、何の目的で置いているのかはまったく不明。市内の街路樹や植え込み、石碑の周辺に置かれている。ある掲示板の情報によると50体以上が発見されたのだと。そしてそれはローカル新聞の記事になったとかならないとか。まあ悪さをするわけではないんだけれどなあ。誰が置いているのかほんとに気になります。どうやらこの人形は移動しているようで、今回撮影した2日前に撮影した「カメラ小僧カワノッチの写真汁」では4体ある!!夜な夜な仲良く行進でもしているのだろうか。
今読んでいるのは、ジョン F ロス [リスクセンス]
花粉症の季節は目が悪い人のもどかしさがよくわかる。
池澤夏樹の「やがて人に与えられた時が満ちて・・・」という本に「ティーダ研究会」という話があった。ティーダとは「太陽を追うもの」という意味のラテン語(かな?)。そしてふとテレビを見ると、NISSANのCMではティーダという車種が紹介されていた。ティーダはサニーの後継車種ということで、まさに太陽を追うものということのようだ。
今読んでいるのは、トランボ [ジョニーは戦場へ行った]
あれれ?なんだか記憶にある本と内容がまだ一致しない。
昨日のエントリに書いた本の中におもしろいことがあった。それは5章に書かれていた。いわゆる言い換え語。
空襲-空爆
解放-占拠
民族浄化-民族移動
死体置場-墓地
プロパガンダ-情報
なるほど。受け手と為し手で同じ行為をあらわす言葉を言い換えられる。こう言う言葉は覚えていても便利ですね。東京は空襲でコソボは空爆。
今読んでいるのは、二ノ宮知子 [のだめカンタービレ 3]
「われわれは、戦争をしたくはない」 あらゆる国の国家元首、少なくとも近代の国家元首は、戦争を始める直前、または宣戦布告のその時に、必ずといっていいほど、おごそかに、まずこう言う。「しかし敵側が一方的に戦争を望んだ」
両陣営とも、相手国が流血と戦火の悲劇を引き起こそうとするのを抑制するために「やむをえず」参戦するという矛盾した構図は、第一次世界大戦時にすでに存在している。「敵の指導者は悪魔のような人間だ」
たとえ敵対状態にあっても、一群の人間全体を憎むことは不可能である。そこで、相手国の指導者に敵対心を集中させることが戦略の要となる。「われわれは領土や覇権のためでなく、偉大な使命のために戦う」
多くの場合、経済効果を伴う、地政学的な征服欲があってこそ、戦争が起こる。だが、こうした戦争の目的は国民には公表されない。「われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる」
戦争プロパガンダではしばしば、敵側の残虐さが強調される。「敵は卑劣な兵器や戦略を用いている」
わが陣営は、残虐行為はおこなわない。そればかりか―まるで何かの競技、それも過酷で男性的な競技のように―ルールを守ってフェアな戦いをおこなっている、というのがよくある主張だ。「われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大」
よほどのへそまがりでない限り、人は勝者の立場を好む。戦時中の世論の動向は、戦況によって左右される。「芸術家や知識人も正義の戦いを支持している」
すべての広告がそうであるように、プロパガンダも、人々の心を動かすことが基本だ。感動は世論を動かす原動力であり、プロパガンダと感動は切っても切り離せないものだと言っていい。「われわれの大儀は神聖なものである」
神聖な大儀とあれば、何があっても守らなくてはならない。必要ならば武器を手にとってでも。「この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である」
戦争プロパガンダに疑問を投げかける者は誰であれ、愛国心が足らないと非難される。いや、むしろ裏切り者扱いされると言ったほうがいいだろう。
以上は、アンヌ モレリ「戦争プロパガンダ 10の法則」より。読みやすくておもしろい本だった。著者はブリュッセル自由大学歴史批評学教授。3時間もあれば読める本だと思う。ベースとなっているのは1928年に出版されたアーサー ポンソンビーの「戦時の嘘」。そこに記されている10の法則を近代の戦争に当てはめながら読み解いていくのが本書の主旨のようだ。
プロパガンダというとナチスドイツ、あるいは太平洋戦争時の日本政府をすぐに思い浮かべる。ほとんどイコールで結ばれて記憶されている。都合の良い情報や、嘘を報道して国民の感情を操作する行為という認識だった。本書ではWWI、WWII、コソボ紛争、湾岸戦争、イラク戦争など近代から現代の戦争において用いられたプロパガンダを説明しており、プロパガンダを用いるのはナチスドイツや東条日本だけでない。フランスもイギリスもドイツもアメリカも、NATOもセルビアもアメリカもイラクもアメリカもイラクもプロパガンダを使っているのだ。いわば戦争を始めるための儀式のようなものだろうか。イラク戦争についてはあまり触れられていないが、多分ブッシュは全ての法則にあてはまる発言をしているように思える。まったくもって単純である。
この本を読んで思うのは、第二次朝鮮戦争が勃発した時、我が政府はどのような対応をとるのだろうか。非常に興味深い。
今日読み終わったのは、アンヌ モレリ [戦争プロパガンダ 10の法則]
スギ花粉の飛散に伴い、鼻の下の攻防が激しくなっている。スギ花粉にアレルギー反応を持つ人の鼻の下では鼻水とそれをふき取ることによる皮膚とティッシュとの摩擦が皮膚の自然回復速度との間で揺れ動き、激しい攻防を繰り広げている。なお、この攻防の根本原因はアレルゲンであるスギ花粉である。
現在では、きわどい状況であるが皮膚の回復速度が上回っている。これはやわらかいティッシュの利用、鼻の下をこすらない、ティッシュではなくハンカチで鼻をかむ、ザーネクリームによる回復補助などの対策のおかげと思われる。万一、摩擦が自然回復速度を上回ると鼻の下の平原は赤くなり小さな裂傷を伴う場合もある。こうした最悪事態を避けるためにも、ティッシュの鼻栓などさらに強力な対策が脳内で協議されている。この結果は数日後にはでる予定。
なおこの攻防はヒノキ花粉の影響もうけ長期化する模様。「はなみず」を変換したら最初に「花水」がでてきてちょっとうれしかった。
今読んでいるのは、ドルトン トランボ [ジョニーは戦場へ行った]
有名な作品だけど閉架図書ではなかなか手にとる機会がない。
ER7でマーク グリーンが死んだ。グリーン先生ついに逝ってしまうか。どうやら実生活で家族と過ごす時間が欲しいとのことだけれど、脳腫瘍による死とは突然です。ノーザンエクスポージャーでバブルマンとして出演している時から印象的だった。どうやらTOPGANにもでていたようだけれど記憶はまったくない・・・
後に続く文は、化学治療を中止してハワイで余命を過ごすマークからのFAXです。
今は夕方の5時半。ビーチに来ていて、エリザベスは隣でジュースを飲んでるが、僕はマイタイ一本槍だ。太陽は傾き、レイチェルはエラの足を海に漬けながら、完全な形の貝殻を探し続けている。僕ってこんな時に馬鹿なことを考えているんだよ。何だか分かる?ジョギング中の男が呼吸促迫で倒れて、僕が竹べらを持って駆けつけて手際よく挿管する。もしこうなれば、この浜辺のシーンは完璧だ。そう思うほど君達と汚い仕事場が、とても懐かしい。別な仕事を選べば良かった、開業すれば良かったと、何度思ったことだろう。楽して儲ける方法はいくらでもあった。
確かに今、愛する家族と一緒に過ごせて僕は幸せの絶頂にいる。でも思い返すと君達と共に日々汗した人生は、最高に充実していた。誰でも過去を懐かしがるものだと、きっと君達は笑うだろう。僕がいないとERはやっていけないと、出来れば思いたい。でも君達は世界一素晴らしいドクターと看護師のグループだ。その技術と思いやりと熱意には、誰もかなわない。急患が来れば僕がいないことなど問題じゃないだろう。しかし友情と仲間意識は永遠だ。去るにあたって、僕はいつもどおりに振舞って厳しいことを言ったが、それは決して君達を評価しなかったわけじゃない。大体僕は、人を誉めるのが下手な性格なんだ。長年の付き合いで僕が君達をどう思っているかは察しがつくだろうが、でも僕は・・・
エラが手を振って笑ってる。貝殻を見つけた。
今朝逝きました。6時4分です。マークの一番好きな、日の出の時間に。皆さんへの熱い思いを伝えたかったので、送ります。彼を忘れずにいてくれてありがとう。
今読んでいるのは、アンヌ モレリ[戦争プロパガンダ10の法則]
おもしろい本。プロパガンダといえば日本やナチスが有名だけれど、何のことはない連合国側も同じことをやっていたという話。結局正当性のある戦争なんて侵略に対する自衛戦しかないのだね。
リスクの話に関して続き。こちらのサイトの情報が参考になる「メディアは『安全』を報道できるか」(市民のための環境学ガイド)。リスク学に関係している学者と現状の常識の差が良くわかる。環境リスク学の著者のサイトはこちら。この2つのサイトをチェックするだけで、もう常識レベルを超えた環境知識を取り込むことが出来ます。ありがたや。
京都議定書が発効しているので何らかの対策をとらないといけないのだが、CO2と地球温暖化問題は不確定要素が大きすぎるようだ。なぜ温暖化が進んでいるのか、ガスの問題なのか気候変動なのかよくわからない。温暖化したところでその影響もよくわからない。まるで地面が水没するかのような情報もあるが、温暖化したところで海面の上昇は40cm程度ということが研究者の間では常識らしい。このあたりも世間の常識とだいぶずれている。
今日読み終わったのは、二ノ宮知子 [のだめ カンタービレ 2]
GREENを読んだばかりなので千秋と誠がかぶる。顔が似ていてもキャラが違うんだよな。
最近読み終えたのは「『環境リスク学 -不安の海の羅針盤』中西準子 日本評論社 2004.09.20」という本。おもしろいという評判を聞いていたのだが、なるほどやはりおもしろかった。
環境工学の専門家でり横浜国立大学の教授でもある著者の最終講義の載録から始まる。どのようにして環境問題を扱うようになったのか、環境問題を扱ううちにリスク評価に目覚める過程が非常におもしろいのである。 色々な危険を避けたいけれど、ガスマスクをつけて生活するわけにはいかない。だからリスク評価をして、効果のある対策をしていかなければいかない。主に環境対策と行政の行動を通してぶつかりながら学んでいく。なるほど、環境問題に関わらず意思決定の方法としてリスク評価は有効だろう。著者がそこまで見越してこの本を書いているのはさすが。
現在ではダイオキシンなど環境ホルモンは問題となっていない。該当物質が減ったのではなく、むしろ多少摂取したところで健康に問題がないことがわかったからである。このことを知らずに、「母乳はダイオキシン汚染の可能性があるから人工乳で育てよう」と考えることは虚しい。このような過ちを犯さないためにも、自らがリスク評価を理解しなくてはならないのだろう。
また環境工学時代にはただひたすら事実を追及していたが、リスク評価をするにあたり今度は不確定要素を扱うことになってしまった。このあたりは非常におもしろい。天気でも過去の天気や気候の変化は簡単に解説できても、未来の予報は難しく外れることも多い。けれど重要なのは過去の事例ではなくて、これからどうなるのかということ。この考えの応用範囲は広い。
専門書ではなく一般書だし、BSE、ダイオキシン、サルモネラ菌をはじめ貧困、騒音、魚を食べることなど日常のリスクを簡単ではあるが扱っている。避けれるリスクは全て避けるべきというゼロリスク論ではなく、どのリスクを選択し受け入れるかというのが不安な海で進むべき方向を示してくれる。
ちなみに日本における科学物質のリスクランキングは以下の通り。括弧内はそのリスクによる余命損失(寿命がどれほど短くなるか)です。
喫煙-全死因 (数年~十数年)
喫煙-肺ガン (370日)
受動喫煙 (120) 虚血性心疾患
ディーゼル粒子 (14)
受動喫煙 (12) 肺ガン
ラドン (9.9)
ホルムアルデヒド(1.3)
ダイオキシン類 (1.3)
カドミウム (0.87)
ヒ素 (0.62)
トルエン (0.31)
クロルピリホス (0.29)
ベンゼン (0.16)
メチル水銀 (0.12)
キシレン (0.075)
DDT類 (0.016)
クロルデン (0.009)
p104より抜粋。
ラドンは放射線の一種。カドミウムは米に含まれている。ヒ素は井戸水では注意が必要。クロルピリホスは害虫駆除剤。メチル水銀は水俣病の原因物質でありマグロや深海魚に多く含まれる。ちなみに着色料、保存料などの食品添加物はこれらよりももっとリスクは小さい。
今日読み終わった本は、中西準子 [環境リスク学]
というわけで非常におもしろかったです。
島田雅彦の「沈む女 浮く男」という本で主人公の男は豪華客船でクルーズ中にその船がハイジャックされてしまう。そこで軟禁状態にある客や船長と「同じ物を食べつづけるなら何がいいか」という話題がでる。ある人は蕎麦と答え、別の人はおにぎりと答える。漁師だった人はマグロの刺身と答えていた。そして蕎麦を選んだ者は、マグロの油を恋しく思い、マグロを選んだ者は蕎麦の素朴な味を欲するだろうと続いていた。
単一の食べ物を食べつづけることは現在ではほとんどありそうには無いことだけれど、自分の場合だったら何を選ぶだろうか。うーんおにぎりかな。トマトソースのパスタというのもいいな。チャーハンでもいいかもしれない。いずれにしても食べ飽きないのは炭水化物かな。
今日読み始めたのは、中西準子[環境リスク学]
副題は「不安の海の羅針盤」。この世にあふれるリスクとの付き合い方、リスク評価とは何かの解説に定評のある本、のようだ。おもしろかな。
年末にアメリカ連邦通信委員会(FCC)がドラえもんをパクッたページに対して藤子プロが文句を言ったというニュースがあった。あれからどうなったかな?と探してみるとありました。

確かドラえもんってネズミに耳をかじられる前は黄色だったような。ちなみにこのネコ型ロボットの名前は"broadband"。そんな名前でいいのかい!
今読んでいるのは、池澤 夏樹 [パレオマニア]
マカロニのトマトスープが原因だ。熱いフジッリを口に入れたら、上あごを焼けどしてしまった。皮膚がはがれるほどではないが意外と広範囲がしみじみと痛い。フジッリはらせん状にねじった形のマカロニでスープをたくさんからめるので好きなのだ。けれどそのせいでやけどしてしまったよ。
しかし口の怪我は治るのがはやい。多分明日には痛みを感じないだろう。同じ所を何度もかんだりしない限り大丈夫。けれどなぜ口腔内は治癒が早いのだろう?最近知ったラップ療法と同じ原理かな?ラップ療法とは傷口をラップで包んで密閉状態にし、体内から分泌される液を利用する療法。今までは傷は乾かした方が治りがはやいといわれていたけれど、最新医療によるとこの分泌液こそが治癒の要らしい。バンドエイドの「傷パワーパッド」もハイドロコロイド中にこの分泌液を保持するのだと。貼ったまま数日間そのままにしておくだけで傷の治りが3倍はやいらしい。試してみたいけれど、自傷癖は無いからなあ。そういえばバンソウコウを貼るような怪我なんてしていないとふと気がつく。
今読んでいるのは、三森 ゆりか [イラスト版ロジカル・コミュニケーション]
子供のいる親向けの本だけれどおもしろい。久々に読むHowto本。怒りやすい人ほどロジカルな考え方をしていないのにすぐ気がつく。
谷川俊太郎の朝のリレー、ネスレのサイトには特別ページがまだ存在する。最近、あまり見ないけれどあの控えめで静かなCMは好きだった。テレビから一瞬の静寂が聞えてくると思わず注意してしまうものだ。たまにこの手法を使うものがあるけれど、特別に注意をひきつけておいてたいした内容でないと残るのは怒りのみ。その怒りはCMの商品に転嫁されるのだが。
ネスレにサイトには朝のリレーのスクリーンセイバーとともに英語版の朝のリレーの朗読CMがあった。
Morning Relay by Shuntaro TanigawaWhile a young man in Kamchatka
Dreams of a giraffeA young girl in Mexico
Waits for the bus in the morning hazeWhile a little girl in New York
Rolls over in her bed with a smileA little boy in Rome
Winks at the morning sun that colors the column capitalOn this Earth
Always, somewhere, morning is startingWe are relaying morning
From longitude to longitude
Taking turns protecting Earth, as it werePrick up your ears awhile before you go to sleep
And, somewhere, far away, you'll hear an alarm clock ringingIt's proof that someone has firmly caught
The morning you've passed on
日本語とはだいぶ違うね。なんというか英語だと朝をリレーする風景がすっきりと表現されているけれど、日本語だと朝をリレーしていく人の気持ちが伝わる気がする。
今読んでいるのは、あさのあつこ [バッテリーIII]
夢を良くみる方だと思うのだが、夢の舞台となるものは寝る前に見たものとか考えたものだったりして非常に単純。こんなので夢判断ができるのだろうか?
その日に見た夢はどうやら新歓合宿のような雰囲気だった。なんだかお寺みたいな雰囲気だったので、もしかしたら吉野の雰囲気だったのだろうか。ここからがおもしろいのだが、なぜかみそ汁の入ったヤカンでバレーをしていた。みそ汁が入っていてもヤカンはよく跳ねて軽々とトスもあげられた。そうしてラリーをしていたらそのヤカンが女性の頭にぶつかり、彼女は頭がみそ汁まみれになってしまった。そばにいた僕はその人を連れて水道まで行き頭からガシガシ水をかけていた。うーん、これは最近読んだ「のだめカンタービレ」に影響されているのだろう。
不思議なことに夢で見るのは目で見たもの。のだめのように漫画は夢になるのだが活字の本で読んだ内容は夢にはならない。ちょっと不思議だな。今日の夢はターミネーターだろうか。だったら楽しめそうだ。
今読んでいるのは、加藤 尚武 編 [地球環境時代のIT読本]
加藤 尚武は非常に興味深い問題に答えを出している。専門は環境倫理学。この本は編集責任だし、専門分野とも違うのでちょっとあてがはずれた。
いっくんが本格的な一人暮らしを始めたので楽しい話を書いてみよう。一人暮らしをすると、食器は自動的に洗われないとか洗濯物をたたむ機械は実用化されていないとかトイレは時間とともに汚れていくとか様々なことに気がつく。もちろん、実家にいるときからそんたことは知っていたのだが、実感して初めて知るというのは一人暮らしの醍醐味であろう。
一人暮らしを経験した人は、温かい季節に裸やそれに近い姿で部屋をウロウロするという経験をしているはずだ。男も女も、家に他の人がいなければ服装で迷惑をかけることも無い。下着姿、パンツだけ、いやもう素っ裸が気持ちよいという人もいるだろう。こう書いているのだから、夏に僕がどんな服装なのかを想像する楽しみもあるかもしれないしないかもしれない。
さて、これはまさに一人暮らしだからこそ味わえた経験のなかで極めて印象的なものがいくつかある。今回の経験は「裸にエプロン」である。そう、彼女に裸にエプロンを着てもらって・・・という話ではない。そんな性的趣向は持ち合わせていないのだが自分が裸にエプロンをしたのである。
あれは大学生の夏だった。汗をかいたのでシャワーを浴びることにした。その後の食事としてカップラーメンを食べる予定だったので、ヤカンを火にかけ水でシャワーを浴びる。体を軽く流して浴室から出ると、ヤカンの湯は沸いているようだ。3分間の待ち時間に服を着ようと思ってヤカンに手をかけ湯を注ぐ。そこで気がつく。これは極めて危険な行為だと。湯がこぼれたら体の中でも群を抜いて火傷したくない箇所が火傷してしまう。その対策としてそばにあったエプロンをつけてみた。もちろん裸で。この無防備さと妙なスカスカさはとても気になる。というかそのままの姿ではいられない。どうやらまっとうな人間の姿として下着程度はいるようだ。そしてエプロンは下着ではない。あたりまえか・・・。
今読んでいるのは、キング [ダークタワー 荒地]
そういえばダークタワーの続編は発売されたのかな?
冬なので乾かし気味に育てているアイビーから虫が発生。この虫は飛ぶ虫で蚊より小さい。飛ぶのも遅いのですぐに捕まえられる。ティッシュで飛んでいるところを捕獲してゴミ箱へ。どうやら水が苦手なようで霧吹きで水をかけると慌てて飛んでいこうとする。というわけで今晩は、台所において水攻めを行おう。気になるのは腹に卵のような白いものをつけた個体がいることだ。大量発生する虫でないことを祈ろう。
今読んでいるのは、キング&ストラウブ [タリスマン]
あらら、この本、貸し出し処理をしてもらったはずなのに、利用状況一覧には表示されていない。どういうことだ?
静かな瀬戸内に面した広島県呉市、ここは昔から軍港だった。幹部候補生の学校がある江田島とともにその知名度も全国区。呉市から南東へ行くとそこはまさに港街。巨大なクレーンと巨大なドック、自衛隊の建物が並び重工業と海の匂いがプンプン。
そしてここでは海上自衛隊の潜水艦をかなり近くに見ることができる。呉市バスに乗ったときに降りるバス停はその名も「潜水艦隊前」。バスを降りると目の前の波止場には潜水艦が!陸地側にはレンガが時代を感じさせる大きな倉庫が歴史を感じさせる。しかしここでは潜水艦。
画像はクリックすると大きくなります。
水面に黒々とした物体はまさに兵器。日常の感覚を失います。見えるのは「おやしお」級と「はるしお」級でしょう。手前の葉巻型がおやしおで奥の涙滴型がはるしおだと思われます。船体の上にある緑の箱型の物体はハッチの防風目隠しでしょう。大きさは電話ボックス程度。潜水艦、でかいです。
今読んでいるのは、キング&ストラウブ [タリスマン]
なんか雰囲気がでない。キングの作風が微妙にずれてしまうのがもどかしい。
Flashをトップに置いてあるページが嫌いだ。特にSKIPボタンの無いサイトなど最悪。何を考えているのだ!と思うことしばしば。そんなことを常日頃から思っていたのだがこのFour-Calendar Cafeのユーザーアクセシビリティについての意見をいただいた。
もう付き合いも長いその女性が言うには「Four-Calendar Cafeって4枚の写真と言葉がたまに変わってあとはカウンターだけ。他になにかあるのですか?」なのだと。ガーン、ショック。大ショック。その人にこのサイトについて教えたのはしばらく前だけれど、それ以来TOPページしか見ていなかったようだ。
一応画像にはalt属性でコンテンツを表示するようにしているし、だってだって画像の上にマウスのポインタを持っていけばリンクがあるのはわかるではないか。文字のリンクよりはわかりにくいとはいえ・・・と思ったのだけれどわざわざ訪れてくれ、彼女は虚しく帰ってしまったのでコンテンツを表示するようにしました。
ダイアルアップ全盛期の頃は画像サイズにも気を配っていたのだが、100KB以内ならばいいやという適当さ。サーチエンジン対策も「hidk」でググればBlogが1番に、トップページは2番目に表示されるからまあいいかという感じ。
というわけでユーザーアクセシビリティ向上の報告でした。
今日読み終わったのは、あさのあつこ [バッテリー III]
なるほど、評判になるだけあってバッテリーおもしろい。ハードカバーでは完結、文庫は3巻まで発売中。図書館の場合は即予約しましょう。
近い将来、北朝鮮で変化が起こるのは間違いない。東西ドイツのようにあっけなく南北統一されるわけはないだろ。ジョンイルもまだまだ長生きしそうな顔である。しかし、拉致被害者問題、核兵器保持問題のどちらに関しても外交上北朝鮮に有利に働く要素はありえない。世界のポリ公アメリカが中東問題に手間取っているのが唯一の救いであって、イラク問題が片付いてイスラエル問題が勃発しなければ次にターゲットとなるならず者はジョンイルだろう。その時にどうなっているのか、北朝鮮は。
最近核兵器の保有を宣言したけれど、まさか戦略核弾頭ではあるまい。ノドンやテポドンだっていまいち信頼性が低そうだし。核兵器といいながらも単なる核爆弾なのかもしれない。WWIIの時に米軍が使ったのとたいして変わらないのかもしれない。それだったらそれほど心配するほどでもないかな。
ほんとにどうなることやら。今までは戦争というと遠い世界の話だったけれど10年いや5年以内には隣国で戦争が始まるのだろうか。中国はやっぱり北朝鮮側につくのかなあ。戦争といえばまずはサッカーワールドカップ予選の平壌でのアウェー戦がまさに前哨戦となるかもしれないな。
今日読み終わったのは、あさのあつこ [バッテリー]
児童書だけれどおもしろい。野球のルールを知っている人はぜひ。
久しぶりに大きな反響のあったエントリがフィーバーの話だったのは複雑な心境だけれど、今日もその延長で。こんなことがあるのは滅多にないからね。
下痢をしたときに重要なのは水分の補給と体の保温。子供は下痢によって脱水症状になりやすいし、脱水症状というのは大人にとってでもウイルスに対抗する上で不利である。人間、水が不足すると結構深刻な状況になってしまうから。というわけで水分補給が重要。お茶、リンゴジュース、ポカリスエットなどが良く飲まれているだろうか。少量ずつ、何回にも分けて飲むと水分が吸収されやすくて体にやさしいのだと。寒い季節には温かいものが良い。ポカリやリンゴジュースなどは冷たい状態でしか売っていないけれど、温めてもなかなかうまい。食欲のない時は多少のカロリーも摂取できるからお茶よりも有用ではなかろうか。お茶のビタミンCの効用も無視できないか。
そしてもう1つ今回役立ったアイテムが湯たんぽ。下痢の時に湯たんぽがあるというのはとても心強い。腹痛がひどい時には布団の中で腹を丸めて寝ている。手を腹に当てている場合もあるかもしれない。痛いときに温かい(あるいはかなり熱い)湯たんぽがあるとなんとも気持ちよい。いや、気持ちよいわけではないのだけれど、悪寒を緩和してくれる。布団の中で下痢をしながら湯たんぽを持っていない人の不幸を想像して不憫に思ったりもするくらい。湯たんぽの有用性を事あるごとに言っているのだがいまだに思いは伝わらない。今シーズンの購入を見送った方も、来シーズンは早々に買ってください。
下痢と嘔吐というまさに挟み撃ちだったわけだけれども、吐くというこの逆流行為はかなりの疲労を伴う。防御反応として持っていながらも、よっぽどのことがないと使いたくない方法である。セキも続くと腹筋が筋肉痛になるけれど吐く方が断然辛い。胃がいつもとは逆の方向に収縮し、食道から口へと重力に逆らって逆流させる。もっとも逆立ちしても飲み食いは可能なようなので食道はかなり物を自由に動かせるようだ。無事に吐き終えた後に、「ふう、食道から気管へ逆流しなくて良かった。逆流したら肺炎だ。」と思いながら正常に動いた気管支をほめたのであった。
そして今回学んだ。下痢というのはオナラと大便の区別がつかなくなる症状なのだと(もらしたわけではないけどさ)。1日1回となった正常のサイクルがなんともありがたい。
今読んでいるのは、ジェイムズ ヘリオット [Dr.ヘリオットのおかしな体験]
英空軍従属時と獣医時代の話が奇妙に入り混じっておもしろい。寝る前に読むにはうってつけだな。
特異日とは特定の気象になる傾向の強い日のこと。11月3日文化の日に晴れやすいのは有名。特異日を「理科年表読本 気象と気候」のp39から引用。
月日 俗称 現象
2月14-15日 春一番 南風が吹き、気温が上がり、15日-16日は下がる。
4月3-4日 春の荒れ 日本付近で低気圧が発達し、風雨が起こりやすい。
4月5-6日 寒の戻り 低気圧通過後の移動性高気圧によって明け方気温が下がる。
4月23-24日 寒の戻り 気温が下がり、晩霜などが多い。
6月28-29日 大雨 大雨が降りやすい、北海道は晴れやすい。
7月14日 梅雨の終わり 気温が上がり、天気がよくなる。
8月12日 大暑 天気がよく、気温が高い。関東以西で顕著
8月21日 台風来 台風が来やすい。
9月10日 夏の終わり 大陸の寒気団がきて気温が急降し、秋となる。
9月16-17日 台風来 強い台風が来やすい。
9月25-26日 台風来 強い台風が来やすい。
10月10日 秋の始まり 秋霜が終わり、天気がよくなる。
11月3日 秋晴れ 移動性高気圧におおわれ、天気がよい。
12月26-29日 クリスマスの悪天 低気圧によって一時気温が上がり、太平洋側でも降水をみる。
どうなんでしょうか。11月3日の晴天は統計的裏付けがあるというけど、10月10日の晴天はたいした確率ではないらしい。さて、バレンタインの日に春一番は吹くのであろうか。明日は天気が崩れるようなので、雨が降る前に湿った南風が吹くのだろうか。
今読んでいるのは、島田雅彦 [楽しいナショナリズム]
ナショナリズムという言葉は最近では「愛国心」という意味で使われることが多い気がする。自分がどのようなスタンスであるかを確認することは大切だ。少なくともナショナリズム=右翼と思っているようでは古い。
備忘のために記しておこう。フェーン現象とは湿った空気が山を越えて反対側に吹き降ろす時に高温で乾燥した風となること。フェーン現象を説明する言葉は「乾燥断熱減率」、「湿潤断熱減率」、「潜熱」だろうか。
乾燥断熱減率とは気流が上昇する時に雲ができるまでの気温の変化率。100mにつき1℃気温が下がる。
湿潤断熱減率とは気流が上昇する時に雲ができるときの気温の変化率。100mにつき約0.5℃気温が下がる。
乾燥した空気が上昇しても乾燥断熱減率で気温が低下し、山を越えて反対側で下降しても乾燥断熱減率にしたがって気温が上昇する。この時、気温は純粋に標高に依存するわけだ。反対に湿った空気が上昇する場合、飽和水蒸気量となる気温までは乾燥断熱減率で気温が低下し、その後は湿潤断熱減率で気温が低下していく。この空気が山を越えて下降するときは乾燥断熱減率に従って気温が上昇するから元の空気よりも温度は上昇する。というわけでフェーン現象では暑く、乾燥した風が吹くわけだ。
乾燥断熱減率と湿潤断熱減率がなぜ違うのかというのは潜熱という言葉で説明される。水が蒸発する時は周囲の熱エネルギーを奪って水蒸気となる。水蒸気にはこの時に奪ったエネルギーが潜熱として保存されている。そしてこの水蒸気が液体に戻る時には潜熱を放出する。雲は水蒸気ではなくて液体の水だから雲が発生するということは、潜熱が放出されるということ。だから乾燥断熱減率は100mにつき1℃の変化だけれど湿潤断熱減率では約0.5℃なのである。なるほど。
今読んでいるのは、サリンジャー [キャッチャー イン ザ ライ]
読みきれない予感・・・
NTTからの料金明細に同封されていたチラシに久しぶりにお得なお知らせがあった。それは「My ビリング」というサービス。郵送されている料金明細をwebで閲覧だけにすると月100円が基本使用料から割り引かれるというもの。ADSLとIP電話を使っているのでNTTには基本料金しか払っていない。料金明細はNTTの通話料金がゼロ円であることを確認するためだけに開封しているので早速このサービスを申し込んだ。webからも申し込めるので便利だ。
そしてもう1つはプッシュ回線使用料が無くなったこと。今まではプッシュ回線では390円の利用料金が発生していた。そんなに急いで電話をすることはないのでダイヤル回線で契約していたのだが、料金が同じならばプッシュ回線にしてみよう。というわけでプッシュ回線だった人は実質的に490円の値下げとなります。かなりお得!
今回知ったのだが基本使用料というものは級局によって違う。「級局は、3級局:40万加入以上、2級局:5万加入以上40万加入未満、1級局:5万加入未満となります。」となっており、1級局の方が安い。なんでこんな妙な料金差があるのだろう。市内通話で話せる人の差なのか?いかにも役所らしい料金体系で笑ってしまった。
Myビリング、始めはMyリビングと読んでしまった。リビングで何をくつろぐのかと思ったらBillのことなんだね。そうそう、NTT東日本では「@ビリング」というサービスです。っていうか携帯電話会社ならば料金値下げの前に告知があるのにNTTってば・・・。
今読んでいるのは、サリンジャー [キャッチャー イン ザ ライ]
村上春樹の訳した「ライ麦畑でつかまえて」だけれどいまいち世界に入れない。
概要は以下のとおり
・1989年頃、イギリスに一ヶ月程度滞在していた。
・2001年、40代後半で発症。
・2004年9月、孤発性のCJDとされたがvCJDの可能性もあるため追跡調査の対象となった。
・2004年12月に死亡(51歳)。
・2005年2月3日に病理解剖によってvCJDと確認。
朝日新聞以外は原因はイギリス滞在時に食べた牛肉だと書いている。まったくそのとおりだと思う。それにしても朝日新聞の書き方はひどい。まるで日本産の牛肉が原因だと言わんばかり。BSEとvCJDの関係を分かっていない内容があるので信用に値しない記事である。
感染源がイギリスの牛肉か日本の牛肉かを断定することはできないので、可能性の大きい方が原因とされるだろう。しかも、異常プリオンの摂取とvCJDを発症する時間は正確にわからないのでイギリスが原因か日本が原因かなんともいえない。仮にイギリスが原因とすると発症まで10年程度かあ。イギリスで牛肉にBSE対策がとられたのは1996年からなので十分に可能性がある。そしてなんといっても機械的回収肉(MRM)がハンバーガーなどに使われていた。このような(クズ)肉には脊髄部分も含まれていたので異常プリオンに汚染されていたのだろう。
今回、国内でvCJDの発症が確認されたとはいえ、感染源は多分イギリスだし、日本には危険な牛肉はないので別に問題とはならないはずである。日本に置いてはvJCDのリスクは非常に小さいので恐れるに足りない。それよりもインフルエンザの心配をした方が今のところ有用である。
<ソース>
今読んでいるのは、ヘンリー ペトロスキー[フォークの歯はなぜ四本になったか]
なるほど、形は機能に従うのではない。発明の原動力は必要ではなくて欲望。なるほどなるほど。
日本の皇太子夫妻に男子の子供がいないために、色々と議論がある。皇室典範を改めて女性天皇を可能としようとしているのだ。しかしこれにはちょっと複雑な問題がある。それは女性天皇と女系天皇という言葉の違いについて。女性天皇とは言葉通り女性が天皇になること。過去には推古天皇や持統天皇など女性天皇はいた。愛子が天皇になったらそれは女性天皇。一方で女系天皇とは女性天皇から生まれた子供が天皇となること。この場合、女性天皇の配偶者は皇族以外となる可能性があり、男系天皇主義者にとっては女系天皇は認められないようだ。今まで女系天皇が即位したことはないということだし。
ここで人間の染色体についておさらい。人間の染色体は23対ありそのうちの22対は常染色体で残りの1対が性染色体。男の性染色体はXYで女はXXという組み合わせ。生殖細胞(精子と卵子)が作られる時に染色体は減数分裂を起こす。その結果卵子は常にXを持ち、精子はXかYを持っている。というわけで受精する時の精子がXかYかによって女か男かが決まる。
つまり愛子が天皇になって男の子供が生まれた場合、その染色体はXYでありXは愛子から由来、Yは夫から由来という事になり、さらにその子供の場合は性染色体に関しては天皇の血筋由来でなくなる可能性があるわけだ。だから今まで女系天皇が認められてこなかったのだろう。
ニュースだけ聞いていると現在話し合われていることは愛子が女性天皇となることを認めるかどうかだけだと思われがちだけれど、問題はもっと深いのです。女性天皇は認めるとして、女系天皇も認めるのか。天皇になるためには相応の教育が必要なので愛子の年齢を考えると切羽詰った問題といえるだろう。ま、皇太子か秋篠宮に男児が生まれればいいのだけれど、ここ40年くらい皇室で男児は生まれていないらしい。
個人的に皇室に思い入れはないのだけれども興味深い問題だ。この問題は男女差別であるという人もいるけれど、皇族なんて基本的人権も保証されていないわけだし職業選択の自由も制限されているから多少は国民と違うのでしょう。またヨーロッパは女児にも王位継承権があるけれど、結婚相手が大抵は王室同士なので事情が違う。日本ではそういうわけにはいかないしね。どうなるのでしょう。
今日読み終わったのは、林望 [リンボウ先生の閑雅なる休日]
ロードスターの話や家族、コーヒーが好きでない話がおもしろかった。短編集。
街を歩いていて思わず目が止まってしまうのは、母親と娘が仲良く歩いている姿である。特にデパートのエスカレータで反対側にのいるときに良く思うのだが似ているのである。親と子供が似るのは当然だけれど、父親と息子よりも母親と娘の方が相似形であることが多い。顔が同じというわけではないのだが、パーツごとに見ていくとまったく同じ。顎のラインとかが同じなので遺伝というのは力強いなあと思う。化粧が微妙に似ているのもあるかな。
もう1つ似ていると思うのはおしゃれなヤングママとその子供のファッション。子育てしていてもタイトジーンズをはいている人なんかは、子供もまったく同じファッションだったりしておもしろい。色の系統が同じとか、ダウンがおそろいとか。おそろいで揃えたくなるのだろうか。
しばらく前に「個体発生は系統発生をなぞるのか?」というような展覧会のチラシを見たのを思い出した。
今日読み終わったのは、ハインライン [夏への扉]
以前使っていたデジカメは落ちたひょうしに壊れた。どうやらそのカメラは再起不能になりそうなので、母が使っていたデジカメをくれた。それはキヤノンの2メガピクセルのデジカメ。そのためメディアがスマートメディアからコンパクトフラッシュ(CF)に変わった。メディアといったら今ではSDカード。それに続いてコンパクトフラッシュ。メモリースティックはさすがに残っているけれどスマートメディアは消えてゆく運命。
パソコンとCFをつなぐのはUSB接続の外付けリーダーなのだが、父はこれをくれる時に「接続した状態で電源を落とすとPCがクラッシュする」と注意してくれた。事実、実家のPCはそのおかげでOSの再インストールをするはめとなったので、いざ自分のPCにつなぐのもドキドキだった。最新のドライバをインストールして、USBでつなぐとやや挙動があやしいが普通に使える。慣れて接続したまま電源を切ってもクラッシュはしなかった。ホッと一安心。しかし、エクスプローラでリーダーを参照すると、エクスプローラは3回ほど異常終了してしまう。
エクスプローラはOSと密接に関連しているアプリなので強制終了はよろしくない。使わない時はリーダーをはずせばよいのだがUSB端子がPCの後ろについているので、いちいち面倒である。こんな時にいいものを発見した。それはダイソーでUSBの延長コードを見つけたのだ。もちろん100円で長さは1メートル。USB2.0にも対応しているなかなかのやつ。使い勝手はどうだろう?と思ったけれど普通に使える。ダイソー、ちょっと信頼していなかったから素直にうれしい。
CDやDVDを入れるファイルを買いにいったついでだけれどいいものを発見した。オスメス、オスオス、メスメスの各種があってかなりイケテいるんじゃないかな。カテゴリー5のLANケーブルも100円で売っていた。200円、300円のもあってそちらは長くなる。うーんPCのケーブルもいつのまにか100円か。
今読んでいるのは、R A ハインライン [夏への扉]
時は1915年。ドビュッシー最後の曲となる「ヴァイオリン(とピアノのための)ソナタ」の作曲を終えてしまった。3楽章に手直しが入るので完成は2年後の1917年になるのだが。友へ宛てた手紙でも体調不良を訴えている。これこそが彼の命を奪う癌の兆候なのだが。
今読んでいるのはドビュッシーの書簡集。ドビュッシーが知り合いに宛てた手紙で構成されているので、話がわかりにくいのだが2人目の妻と結婚し、それが原因で友達が入れ替わってしまうあたりからおもしろい。ドビュッシー、名声は得ていたが不遇の生涯だったようだ。今読んでいるのは1915年9月のデュランへ宛てた手紙。デュランとはそう、スコアの版権をもっていたジャック デュラン。娘のエマも10歳となり、ドビュッシーは彼女にも手紙を送り始める。「天才チェルニーはどうしている?」なんて書いてあるし。おもしろくなってきたのだが、残りのページがいかにも少ない。戦争も始まってしまったし。あと2年、彼はどのようにして生きていくのだろう。
今読んでいるのは、フランソワ リシュール編 [ドビュッシー書簡集]
今聴いているのは、ドビュッシー [ヴァイオリンソナタ]
自然は計算によってではなく無限小時間の中で無限回の修正を繰り返して帰納的にことを決めてゆく。法則から計算で演繹的に解に至る方法では届かないことが少なくない。
池澤 夏樹 「やがてヒトに与えられた時がみちて・・・・・・」p41より
数学というと日常生活では役にたたない学問の代表といわれがちだが、そうは思わない。本当に役にたたないのは道徳だろう。四則演算をはじめ、割合、二元一次方程式、三角関数、確率、積分、幾何など算数や数学は日常生活にあふれている。
高校時代に数学の証明問題で演繹法と帰納法を習った。演繹は一般的、普遍的命題の答えから個別的、特殊的命題の答えを導き出すことであり、帰納法はその逆。演繹法はスマートな感じがするし証明も簡単。公式や定理をあてはめるだけだから。一方で帰納法はいわば確率の問題に行き着くのでなんだかなあと思った記憶がある。
しかし冒頭に挙げた池澤夏樹の文のように自然はいつでも帰納的。後ろには演繹的法則が隠れているのだろうけれど、環境変数は常に変化して同じ条件は二度と起こらないのでど、んな時でも帰納的なのである。天気予報なんてその最たるものだろう。これを知っていれば天気予報が外れても腹は立たない。慣れ親しんだ土地では自分で変化を予測した方が精度が高いこともしばしば。
なるほど、実生活では演繹法だけでなく帰納法も有用だ。経験則っていうのも帰納法の代表ですね。
今日読み終わったのは、池澤 夏樹 [やがてヒトに与えられた時が満ちて・・・・・・]
ふと、たいして考えもせずにピーマンを買った。なにしろ一袋58円で安かったので。パスタにでも入れようと思ったのだが料理した時に、生でひとかけら食べてあまりに味がないのが残念だった。いい色していたし宮崎産だったし、なによりも青臭いものを食べたかったのでちょっとショック。冬にトマトを買うことはないけれど、これからはピーマンも買うのをやめよう。ブロッコリーを買えばよかった。
ピーマンもトマトも夏野菜。冬においしかろうはずがない。ピーマンの形をしているが、それを構成しているのは水のみという味だった。冬の野菜といえば白菜、ほうれん草、ブロッコリーに大根。夏よりもバリエーションは豊かなような気がするな。冬は野菜がおいしい。
今読んでいるのは、島田 雅彦 [溺れる市民]
「食のリスクを問いなおす―BSEパニックの真実」著者は池田正行。かなりおもしろい本だった。発行が2002年なのでアメリカの牛肉の危険性に関してはあまり言及されていないが、BSEがどういう病気で、vCJDとはどういう病気なのか、どのような影響があるのかを知ることができる。
BSEとは狂牛病のことで、牛の病気。BSEにかかった牛の特定部位(脳、眼、脊髄、腸の一部)に異常プリオンが蓄積される。この異常プリオンを人間が摂取するとvCJDを発病する可能性がある。プリオンとはタンパク質のことで、異常プリオンは正常プリオンにドミノ倒し的に影響を与える。異常プリオンだけ、正常プリオンだけならば変化は起きないのだが、異常プリオンと正常プリオンが同時に存在すると正常プリオンが異常プリオンになる。するとvCJDを発病するわけである。vCJDは日本では非常に稀な病気でまだ発症者はいない。BSE対策がとられた現在、患者数が増えるとは考えられておらず予想では0.004~0.06人。発症者は0人だろうというのが正しいようだ。
というわけで日本ではvCJDは怖い病気ではない。それよりもノロウイルスに気をつけた方がよほど合理的なのは間違いない。BSE対策は今でも続けられているし唯一危険なアメリカ牛肉も輸入されていない。しかし、2005年に起こるであろう出来事には「アメリカ牛肉の輸入解禁」がある。ブッシュが再選したし、ポチ小泉としては政治的解決といって解禁に踏み切ることが予想される。
ここで興味深いのはアメリカの牛肉が国産牛肉に比べてはるかに危険であること。全頭検査は行われておらず、月齢管理もされていない。このUSビーフとJPビーフが同列に扱われるのだろうか。JPビーフ並みの管理検査をアメリカに押し付けるのは無理なので、どのように政治的解決が計られるか非常に興味深い。どうなるんだろう?スーパーの店頭では総スカンを喰らうけど、外食産業ではもてはやされるのだろうか?
一方で日本の検査体制も過剰で税金の無駄遣いである。トレーサビリティや過剰な全頭検査は税金の無駄遣いである。日本人はゼロリスクが大好きでわずかでもリスクが減少できるなら、そうしたがるのだが若月齢の牛を検査したところで実質的には無意味である。
さてさてこれからどうなるのだろう?輸入が解禁になった時にマスコミはうれしそうに牛丼を食べる人の姿を流すことは容易に想像できる。さて、実際はどのようになるのだろう?ま、USビーフがそれほど危険だとも思わないけれどね。
今日読み終わったのは、ジャック ロンドン [荒野の呼び声]
僕はアイスが好きだということは有名なのだが実はジェラートの方がもっと好き。アイスほど硬くなく、ソフトクリームほど軟弱じゃないあのとんがり。スプーンで食べると口も汚れないというオシャレなやつ。でもジェラートって売っている場所が限られるから食べたい時に食べられない。好きだけどたくさん食べ比べしているわけではない。けれどけれどうまいとまずいはよく分かる。
一番美味しかったのは地元浜松にあるローカルデパート、遠鉄百貨店の地下。「ジェラテリア パンチエーラ」。初めて食べたのがここで、ここの味が基準となるのだが今までパンチエーラよりも美味しいのに出会ったことがない。かなり美味しいと思います。お薦めはパンナ(クリーム)と雪塩(塩味)をダブルで食べる。ありえん旨さ。パンナの濃厚さと塩のさっぱり感がたまらない。浜松を訪れた際はぜひご賞味あれ。遠鉄百貨店は浜松駅すぐ。
かなり美味しかったのが、しまなみ街道のどこかの島(多分生口島)にある「ドルチェ」という店。そのお店で作られており乳化剤などは一切不使用。だから溶けるのがはやい。僕は溶ける速度が速いのは冷やし足りないのでは?と思ったけれど、トイレに「乳化剤を使っていないので溶けやすいです」と書いてあった。ここでは赤穂の塩を食べた。そしてそれ以来、塩アイスにはまっているのです。
一方いまいち美味しくないのは広島駅前の福屋デパートにあるフードコートのジェラート屋。眺めはいいんだけれどおいしくなーい。なめらかさと濃厚さがまったく足りず、食べるたびに不満を覚える。
今読んでいるのは、米本 和広 [洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇]
小林薫、犯罪者面だなとつくづく思う。テレビで放映される犯罪者の顔で犯罪者面をしていなかったことはない。いつ犯罪者面が形成されるのだろうか?人間はその素質を内包しているのだろうか。
憲法には人権について書かれている。有名な第11条。ただし注意しなくてはならないのは、憲法とは国家権力の暴走を縛るための国民に対する契約なのである。だからこの人権も国家が国民にひどいことは致しませんという内容なのである。このことを知っているとわかりやすい。
それは犯罪者と犯罪被害者の人権について。裁判で考慮され、守られるのは主に犯罪者の人権であって、犯罪被害者の人権ではない。この罪ならば償いはこの程度。ひどいことをやったら無期懲役や死刑と言った判決も憲法と犯罪者の人権の間でゆり動きながら決定される。小学生が小学生を殺しても守られるのは殺した方の人権。殺した方は住所、氏名、顔写真ともに守られる一方で被害者には考慮されていない。こんな時に、犯罪被害者の人権はどうなっているのだ?という議論はわかりやすく、共感も覚える。
憲法を改正するのは難しいから、あるいは被害者の人権は憲法が扱う範疇ではないといった理由から法律の改正があるかもしれない。被害者はいつでも報われないのだが、奈良県の事件のようにいたたまれないことが多くて困惑してしまう。
今読んでいるのは、米本 和広[洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇]
高校時代、生物の授業中に先生が「人間の基礎代謝は1400kcalであり、エネルギー効率は約40%。これは火力発電所のエネルギー効率とほぼ同じだ」と教えてくれた。人間の体のエネルギー効率が40%程度なのか確認していないけれど火力発電所のエネルギー効率は約40%らしいのでこの教えは間違っていないかもしれない。
エネルギー効率とはつまり摂取した総カロリーのうちどれくらいを利用できたかということ。利用できなかった分はお尻から出たり熱として無駄に消費されたのでしょう。火力発電所は成熟した技術であり、かなりエネルギー効率が高い。大規模に運用することによってようやく人間と同じ40%程度のエネルギー効率にたどり着いたことを考えれば、生体は長い年月をかけて洗練されてきたのがよくわかる。もっとも最近では家庭用のコジェネレーションを利用すれば80%程度のエネルギー効率を達成している。これはガスエンジン発電方式によるコ・ジェネレーションなのだが、ガスで発電用のエンジンを回し、廃熱を利用して温水を得るというもの。ガスのもつエネルギーの25~30%が電気として得られ、廃熱の50~55%を利用できるようである。すごい効率なのだが欠点があって、たくさんの湯や熱を使う施設でないとメリットがいかせないという点。だからコンビニでは使えないけど、ファーストフードの店では利用価値があるようだ。
発電所は電気の消費地から離れたところにあり、送電する際にもロスがあるようなので原料のまま電気の消費場所まで送れるガス コ・ジェネは魅力的だと思う。一方で電力会社もエコキュートというヒートポンプを使った熱供給システムを提供している。CO2を使って空気中の熱を利用するのだが、電気代は普通の電気湯沸し機に比べて3割程度に抑えられるのだと。
ガス コ・ジェネは一般家庭向けの小型化が難しく、エコキュートは本体価格が高い、発電所から脱却できないという理由もあり決定的な技術となっていない。もしガスか電気で発電や発熱に関する技術が成熟すれば、どちらかの需要が激変する可能性もあるので非常に興味深い。ただし、エネルギー源として万能の電気に依存する社会は変化しないと思うので、どこで発電するか、何を使って発電するかという点に競争の焦点はあたっている。そう考えるとガス会社としてはガスで発電するようになれば将来は安泰であるが、家庭レベルで需要分の発電が可能になると、現在家庭用の発電システムを提供していない電力会社は苦しいかもしれない。まさに熱い戦い。
電気と環境に関するテクノロジーはこれからもトレンドでありつづけるのでたまに思いをはせるのはおもしろい。とりあえず、今夜使うお湯がどのように沸かされているか知るだけでも発見は多い。
今読んでいるのは、[新しい携帯電話のマニュアル]
成人の日の恒例ニュースとなったのは「荒れる成人式」。オーケストラや保護者出席、小学生の合唱団を参加させるなど荒れないためにホント苦労をしているようだ。自分の時のことを考えると、式場には行きながらホールに入らずエントランスで友達と延々としゃべっていた記憶があるから騒ぐことはなかったけれど行儀がいいとはいえないな。
さて、成人式のニュースでは晴れ着やスーツを着た普通の成人の姿を映す一方で白い袴を着て一斗樽で一気飲みをしている間抜けな姿には画面全体にモザイクがかけられていた。間抜けな姿なので公共放送にはふさわしくないと考えたのだろうか?要らないお世話だけれど。なんのためにテレビ局がモザイクをかけているのか考えると、テレビ局も間抜けなのかもしれない。モザイクをかけるくらいならばそんなニュースを扱わなければ良いのに。
西宮神社の福男レースで同僚に他者を妨害してもらって一番福となったニュースにも走者の顔にモザイクがかけられていた。これもまた間抜けなニュースで去年に続いて今年もニュースにのぼってしまった。ある放送局ではモザイクなしで放送していたけれど、間抜けなことにもモザイクをかけるようになったのかな。
スマトラ島沖地震の映像にもモザイクがかけられていた。死体にかけられていた。
今読んでいるのは、オスカー ワイルド [ドリアングレイの肖像]
J.S.Bachはほんとに天才だ。
今まで無伴奏パルティータ2番のシャコンヌはクレーメルの演奏しか聴いたことが無かった。クレーメルがどのような人かは知らぬまま聴いたのだけれど、知識が無くてもガンガン弾くタイプであるのがよくわかった。
つい先日、ハイフェッツのシャコンヌを手に入れた。モノラル録音なのだけれど、かなりいい。クレーメルの演奏で不満は無かったけれど、ハイフェッツの演奏はお気に入りになる勢いだ。
決して飾りすぎず、しかし鋭さは持っている。なおかつ音にはやわらかさがあって・・・。
シャコンヌの譜面をみながら聴いたりすると、解釈の余地がたくさんある曲だとわかる。
それにしてもバッハはすごいよな。8分音符の平均律でありながら強い個性があるのだから。
今読んでいるのは、オスカー ワイルド[ドリアン グレイの肖像]
檸檬というと梶井基次郎と丸善を思い出すのではないでしょうか。ここ広島県は全国でも有数のレモン産地である。もう少し限定をするとしまなみ街道にある生口島の瀬戸田町がレモンで有名。国産のレモン。ポストハーベストはもちろん無しなので安心です。
以前、瀬戸田町でレモンを買った時は5個で250円だった。年が明ける前だったのでまだ緑色のレモンだったけれど冷蔵庫に入れておいたらいつのまにか黄色くなっていた。最近買ったのは5個で100円の広島産。この安さの理由は単にB級品だから。皮がでこぼこだったりという程度で大きさ、味は問題ない。1 つはマリネに使い、1つはお土産として人にあげ、1つは芸術的に美しいカビが生えてゴミ箱行きとなった。残り2つのうち1つは冷蔵庫でもう1つはCDプレイヤの上に置いてある。これがまことにいい香り。芳香剤は好きではないのだけれど自然の果実の香りはとてもよい。無意識にすっている空気だけれどいい香りだなと脳が識別する。それが檸檬の香り。
いいものです。
今読んでいるのは、三島由紀夫 [禁色]
前回、湯たんぽについて書いて以来、冬は寒くて寝付けないとか、靴下を履いて寝るとかいう人に出会うたびに湯たんぽのすばらしさを説いて、使用を薦めてきた。しかし、湯たんぽを使ってみたという人はおらず、今年も寒いのよという話を聞いてしまった。古臭いとよく言われるけれど、湯たんぽを使ってみてください。たとえ前世紀の採暖器具であろうが良いものはきっと生き残ります。
湯たんぽの最大の特徴は寝る前に布団の中に入れておくと、そこが温かくなること。背中のあたりに置いておけば布団に入った瞬間に背中も足も温かくすぐに寝付けること間違いなし。電気毛布と違ってなんだかローテクな温かさが実に気持ちよい。翌朝はその湯で顔を洗ったりできて便利。何しろ経済的だ。1.8L程度の湯を沸かすだけでよいのだから。なんなら蛇口から出る湯でも充分に熱ければようは足りる。
今使っているのはプラスチックの湯たんぽで、自家製のカバーで包んで使っている。バスタオルで包む人もいるようだけれどほどけて火傷してもいや。売っているのもあると思うけれど。それにしても足が冷えていると眠ることができないもんだね。湯たんぽを出すまでは摩擦熱によって布団を温めていたよ。朝起きた時には布団の温かさにびっくりするのになあ。
今読んでいるのは、アガサ クリスティ[スタイルズの怪事件]
しばらく前にN響アワー(もしくは芸術劇場)でドヴォルザークの交響曲9番とブラームスの交響曲4番を放送していた。そして先週はブラームスの交響曲第1番。いずれも知っている曲だし、ドヴォ9とブラ4は演奏したことがある。ブラ1はスコアをみながら曲(CDだけど)を聞いた事があったので思わず見てしまった。しかも2chのNHK実況中継を見ながら。
たしかブラ4がN響の演奏でドヴォ9は外国のオケだった。ブラ4のN響の演奏がへちょいのはテレビでも十分わかったけれどそれに続くドヴォ9がなかなかよい演奏だったので際立ってしまった。2chでのコメントはかなりおもしろい。結構専門的なコメントもあったりして。それにしてもブラ4の3楽章から4楽章へはアタッカで連続していて素敵だった。
N響、国内では最高だけどたいしたことないな、まあCDを買うこともないけどと思っていたら前回の番組でブラ1の演奏は良かった。指揮者が外国人のビッグネーム(名前忘れたけど)だったので本気をだしたのか?音がそろっていたし、音にテンションとボリュームがあった。さすがはNHK交響楽団ということか。
久しぶりに演奏している姿を見て、己のヴァイオリンを取り出してみた。音叉を使ってチューニングをした。E線が著しく狂っていたのでビビリながら糸巻きで調整するとバチン!と切れてしまった。久しぶりにチューニングすると切れやすいんだよな。とりあえず古いE線でもう一度チューニング。するとバチン!。またしても。切れてしまったらしょうがない。最後のE線で慎重にチューニング。伸ばして、緩めてを繰り返しながらチューニング完了。左手も右手も動かない。とりあえずボーイングからしなくては・・・。
今読んでいるのは、アガサ クリスティ [スタイルズの怪事件] ポワロ初登場の事件
官能小説はそれ自体でひとつのジャンル。フランス文庫がその代表だろうか。読んだことないけれど。ハーレークインは恋愛小説なのか官能小説なのかわからない。なぜなら読んだことがないから。ロマンスという分野なのかな?たまに毛色の変わった小説が読みたくなる時に手に取るのがこのエロ文学。官能小説ではないよ。
官能とかエロとかは非常にネガティブなイメージがあるけれどビデオだってDVDだってエロのおかげでメディアとして成長したことを忘れてはならない。エロは強いのである。さて今まで読んだ(年1冊程度のペース)なかで印象的だったのをご紹介。
「犬たち」
エルヴェ ギベール (著), Herve Guibert (原著), 佐宗 鈴夫 (翻訳)
かわいらしいタイトルにだまされた。犬の本だと思ったのだが犬とは人間の犬であって、しかも男の犬であるのだ。図書館で立読みしていて、なんてこったと思ったけれど借りて読んでしまった。なんともすごい本でした。この本でエルヴェ ギベールを知ったけれど「ぼくの命を救ってくれなかった友へ」もすごい本だった。フランスは大人の国です。
「砂の上の植物群」
吉行 淳之介 (著)
これはエロい。なんともえげつないエロなのである。詳しくは書けないほどのエロ。まだ吉行淳之介はこの本しか読んでいないのだが、彼の作風として考えてよいのだろうか。向田邦子の本にも不倫とかたくさん出てくるし、明治男は女遊びが許されるみたいな考えが伝わってきておもしろい。現在の方が性に関して開放的であると考えるのは短絡かもしれない。
「小鳥たち」
アナイス ニン (著), Anais Nin (原著), 矢川 澄子 (翻訳)
これはエロ文学を語るとかならず出会ってしまうのだがソフトなエロだ。作者がフランス人で薄くて表紙が白地に青の絵や文字だとエロ文学であるという法則を思い浮かべるようになってしまった。しかしエロさとしては序の口でむしろかわいらしいほどである。小鳥とは女子高生の事だったりする。今度はヘンリー&ジューンを読んでみようかな。この人は女性です。
一応オノレのサイトの品位を落とさないようにエロでも文学作品から紹介しました。いずれの本も表紙は文学系でありとくに小鳥たちと犬たちはスマートな感じです。カバーもかけずに読むという冒険をしてはいかが?なにげに人前で読んだりしてサディスティックなエロを満喫してはいかがでしょうか。
今聴いているのは、cinnamon [Hearts Can Heal]
口を開けて舌をべろりと出すと舌の表面が白く見える。これが舌苔である。それは上皮細胞やリンパ球、細菌などでできているらしい。口腔内の細菌の均衡化にも役立っているので除去のしすぎは良くないのだが、朝に歯磨きをした後に軽くなでるように洗う。
軽く洗っているのだが舌の奥を刺激するととたんに吐き気に襲われる。これは条件反射なのだと思うけどかなり激しい吐き気なのである。食べ物が胃のなかで落ち着いていなければ吐き出してしまうかもしれない。これには簡単な対処法があって、風邪をひいたときに医者が喉を診る時に「あーと言って」と注意してから舌を押さえるのと同じで、声を出すあるいは息を吐いていれば吐き気は起きない。人間の体って不思議だ。
舌苔をとるとどうなるか。それは以前にも書いたように味覚が鋭くなるのだ。文字通り一皮剥いた感じなのである。水の味もよくわかるし、汁物に対する感受性がいちじるしく高まるのがおもしろい。そういえば最近、化学調味料の味というものが段々わかるようになってきた。
今読んでいるのは、アガサ クリスティ [スタイルズの怪事件]
「鈴木 宗男」
ページを開くと黒い背景に「音量を上げてください・・・・」というマーキー。奴の顔がアップになりム ネ オ再起動!の文字がフラッシュで流れる。音楽はR シュトラウスの「ツァラトゥストラはかくかたりき」。おお、おもしろFlashサイトか?と思ったらバリバリ公式サイトで驚き。TOP画面は最高にクールだ。Googleでは「あほの坂田」で検索すると1位で表示されます。
「石原 慎太郎」
国会議員ではないけれど。うーんオシャレなFlashですな。政治家臭くないのはさすがと言うべきだろうか。それにしても写真のいたるところに慎太郎の顔が写っている。自分のサイトかもしれないがちょっとうっとうしい。
「麻生 太郎」
フロッピー大臣こと麻生太郎。総務大臣です。怪しい言動の目立つ人だなというのが第一の印象だったけれど、HPを見てみるとFlashはちゃちで笑えるし、TOPの顔も口の歪みがグー。政治家として正しい歪み方だ。
「竹中 平蔵」
TOPには「たたかれても、たたかれても、構造改革」の文字が。構造改革ってなんだったのだろう?小泉政権も長いけれど目玉である構造改革を実感できない。URLを見てブログがあるのか?と思ったけれどないようだ。なーんだ。
「安倍 晋三」
TOPには「あべ晋三」とかかれている。晋三ではなくて安倍をひらがなにしたのには意味があるのだろうか。平蔵と晋三のZOUコンビは小泉内閣のベビーフェイスと思っているのだがおばさんへの人気はどうだろう。
「小渕 優子」
ブッチホンで有名な小渕恵三の跡取娘。最近結婚したらしい。このサイトでは若かりし頃の恵三を見ることができておもしろい。サイト自体はシンプルすぎるつくり。サイトで結婚報告はされていないもよう。
「森 喜郎」
ブッチときたら続くのは森。IT(イット)首相もFlashサイトの持ち主となっています。たいしておもしろいものはないけれど。いつのまにか自民党の有力派閥ですね。
「福島 瑞穂」
凋落著しい社民党党首。失言クイーンなので討論番組では要注意。自衛隊や暴力といったキーワードには過剰かつ異常な反応をしてくれる。ちなみにおたかさんは公式サイトなし。
「志位 和夫」
志位委員長。なんともまじめなつくり。今回のなかで一番まじめなサイトではないだろうか。インパクトも少ないけれど。Flashは使わない方が見やすいですね。
「石破 茂」
とっつぁん坊や政治家こと石破しげる。イラク特措法はこの人の提案だそうだが非戦闘地域の定義には納得いきませんね。ふるさと紀行にらっきょ畑た追加されたらしいけど何なんだ!
「南野 知恵子」
南野と書いてのおのと読む。法務大臣。どうやらこの人はピンク色が好きのようだ。しかしこの人が法務大臣でよいのか?大臣なんて形だけの存在というのを体現化している存在かも。
「後藤田 正純」
水野真紀はこんな人と結婚したのか?TOPには「Let's GoToDate」って書いてあるよ。一番イッテるサイトかもしれないな。
というわけで本日は政治家公式サイト色々でした。結構変わったサイトが多いね。売り込むのがズバリ自分なのでサイトからその人柄が透けて見えるような気がする。宗男を見習ってインパクトのあるサイトを作って欲しいものです。しかし宗男は背景がブラックなのがまた笑えるんだよな。
今日読み終わったのは、西 加奈子 [あおい]
浜松は太平洋に面していて、子供時代だけでなく大人になってからも何回か訪れているので身近に感じる水平線。一方で広島が面する瀬戸内海は波もちゃぷちゃぷで島がたくさんで水平線にロマンが足りないような気がする。子供の時、太平洋の水平線を見てあの向こうにはアメリカがあるのか。いざとなったら船で行けるかな?と考えたのは3人兄弟で僕だけだろうか。
地球が丸いのは常識であり、水平線(地平線でも同じ)があるのは人間の眼の解析能力のによって決まるのではなくて、丸い形ゆえにその向こうが見えなくなる限界なのだというのはわかっていた。本や歌でよまれている水平線は遥かな世界の果てであり、その影響でずっと遠いものだと思っていた。しかし実際は5km。たった5km。近い。この距離は観測者の目の高さによって変わるのだが、地上(水面)から2mだと5km。NIPPON KAISHOの水平線までの距離計算を参照。
僕の家の近くの太田川放水路の河口からは水平線の向こうに宮島が見える。そこから宮島までは直線距離で15kmはあるから、宮島の一部は水平線の下に隠れているということがわかった。
昔の航海では、マストの上に登って建物や島など高さや標高がわかっている目標物が見えたときのマストの高さから、対象物までの距離を測っていたようだ。今だったらGPSがあればわかってしまうのだけれど、天体で方位を知る方法とかこういう三角関数を使った距離の求め方はしっておいて損はあるまい。以前、8mm映写機によってローテクのすばらしさを実感したことがあったからね。ハイテクは胸躍る技術だけれど、ローテクはしみじみすばらしいと思える技術です。
今読んでいるのは、西 加奈子 [あおい]
自ら進んで紅白歌合戦などは絶対に見ないのだけれど、どんな歌手が人気があるのだろうか気になったので出演者を調べた。Googleで「紅白歌合戦」と入力して検索すると驚いたことに本家NHKのサイトは5位。国民行事なのにこの程度なのか。1位は「紅白歌合戦完全マニュアル」というサイトだった。出場者がわかりそうなのでこのページを見たらおもしろかった。そこには出場者と共に主な不出場歌手の一覧や、出場予想とその結果まで載っている。ついにSMAPが出場しないとか、宇多田ヒカルの不出場は予想通りとか。モー娘やW、後浦なつみまで出場。これでローティーンを集めるのだろうか。ま、どうでもいいのだけれど。
NHKはいまだに珍しい男女別で競うことをよくやる。クイズ番組とかの伝統が大晦日の伝統行事にも生かされていて(逆か?)ある意味おもしろい。男女別で競う意味が現在ではよくわからない。どうせならヤングとアダルトをきっちり分けて競えばいいのに。
今読んでいるのは、ウィリアム ゴールディング [蠅の王]
しばらく前に中華人民共和国(この文字にリンクを張ろうと思ったのだが、どこに張るのが適当であるか思いつかなかった。国を代表するサイトはどこになるのだろう。)の潜水艦が日本の排他的経済水域に侵入してきた。どこの国のどれくらいの大きさの潜水艦であるかというのは、外見、スクリュー音、航行の特徴によって判断される。今回の潜水艦は長時間の航行から原子力潜水艦であることがわかって、周辺国で原潜は中国しか保持していないから中国の原潜であると断定できたようだ。久々に自衛隊が直接発見したのだけれどもしかしたら先に米軍が見つけていたのかもしれない。
やすやすと中国の原潜が日本の近くをうろついていて大丈夫か?と思ったのと同時にそういえば日本は原潜を持っていなかったなと思った。かの有名な「非核三原則」、「日本が核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」があるため。核兵器というと核分裂や核融合を利用した戦略・戦術兵器を連想するけれども、原潜も核兵器なのだろう。潜水艦の動力である電力を原子力発電によって賄うのが原潜であるが非核三原則に抵触するのか。
日本が保持している潜水艦の動力はディーゼルで、内燃機関で得られた動力によって艦を動かしたり発電して電池にためている。そのため酸素と排気が必要であるため原潜のように長い間潜行することができないし能力も劣る。海上自衛隊はさぞ原潜が欲しいだろうけど、今のままでは無理なのでイージス艦を4隻も配備しているのだろう。
航空自衛隊や海上自衛隊は国境を守る役目を持っており実際にスクランブルがかかることもあるだろうけど、陸上自衛隊はその点でちょっと違うのだろう。イラク派兵も来年の12月まで延長されることになるかもしれない。練度はアップするだろうが、外交的、地理的な反応はどのようなものだろうか。特にアメリカ。2期目のブッシュに恩を売ってもしょうがない。次はヒラリー民主党とジュリアーニ共和党の戦いになるのだろうか。まさに一騎打ち。
今読んでいるのは、ウィリアム ゴールディング [蠅の王]
ここ一年くらいで「洗濯機から水が漏れて水浸し」というものを2回ほど読んだ。洗濯機には水道の蛇口から直接ホースがつながっており、洗濯機本体で水を出したり止めたりしている。これがどういう仕組みなのかわわからないけれど、電源コードを抜いても水漏れしないから機械式のしかけがあるのだろう。
水道管には結構な圧力がかかっていて、以前に少しの水漏れはよくあったので予想はしていたのだが実際に水が漏れることがあるようだ。しかも蛇口は全開にしているからもし壊れた場合はものすごい勢いで水が流れ出るのだろう。というわけで最近では洗濯が終わると蛇口は閉めるようにした。キュッキュッキュとまわすだけなのでたいした手間ではない。洗濯なんて週に2回ほどだからね。小さな安心の方がありがたいね。
今読んでいるのは、J.M.クッツェー [少年時代]
クリスマスツリーといえばNYのRockefeller Centerのツリーを思い浮かべるようになった。過去に読んだ本の影響である。毎年、ふさわしい木が吟味される。今年の木はNorway Spruceで日本語訳は欧州唐松、ドイツトウヒ、ヨーロッパトウヒと名前が豊富。この木を見た人がそれぞれ名前を付けてしまったのだろうか。ドイツでこの木を見た人が「おおこれこそドイツの木!」と思ってドイツトウヒという訳をつけたが実はヨーロッパ中にはえていたのかもしれない。
上記のサイトにはライブカメラもあって、スケートをしている様子を見ることができる。時差があるので日本時間の朝に見るととてもきれいなツリーとスケートをするたくさんの人を見ることができる。非常にきれいです。実際に行ってみるとスケートリンクの小ささに驚いた。ちょっと上手くないと気持ちよく滑れないに違いない。
冷静に考えてクリスマスというのは多くの日本人にとってまったく関係のない行事なのだがすっかり定着してしまった。クリスマスツリーを飾る家と、正月飾りを飾る家を比べたらクリスマスツリーの方が多いのではないだろうか。なんか微妙な気分だ。本場のように25日にピークがくるのではなく、イブの24日が盛り上がるというのがまた微妙さに拍車をかける。
最近、ムスリムに会ったので宗教に関して敏感になっているようだ。キリスト教徒やイスラム教徒にとっては無宗教に近い日本人はどううつるのだろう?救われない魂を持った人と思われるのだろうか。仏教も神道もかなり戒律がゆるくなってしまったのでこれが日本の伝統だといえばよいのだが理解してもらうのは難しいだろう。禰宜が言っていたのだが神道は本来、偶像崇拝はしない。しかし神仏混合の時代に神社と寺は交じり合ってしまい、仏のような像を祭っている神社もあるのだという。知らなかった。
文句をいいながらも日本人はクリスマスが好きなのだ。和洋折衷も得意なのだ。そういう国なのです!きっと。
今日読み終わったのは、梨木香歩[からくりからくさ]
図鑑、なんと胸の躍る響きだろう。そこには一人の専門家をはるかにしのぐ知識が記載されていることも珍しくなく読むものを別世界へと連れて行ってくれる。その世界から帰ってきたときには新たな知識を携えることになるのだから図鑑というものはすばらしい。子供時代、一連のセットになっていた図鑑のなかでよく読んだのは魚類、哺乳類、鳥類の図鑑であった。特に魚の図鑑は背表紙がボロボロになるまで読んだ。覚えているのはアジやマグロなど食べられる魚とサケやマスなど身近な淡水魚を何度も読んだことである。その当時を思い出してしまうほどおもしろい図鑑に出会った。しかも4冊も。高い本が多いので是非図書館で読んで下さい。
「絶滅した哺乳類たち」
冨田 幸光 (著), 伊藤 丙雄, 岡本 泰子
いやすごい。人間はがんばって進化したなあと自分で思うけれど、過去に絶滅してしまった哺乳類も独自の進化路線を進んでいたようだ。想像上の動物なんてまだまだ現実のレベルを超えていないのではないかと思うことしかり。みてみてこのものたちの姿を。ブロントテリウム、エラスモテリウム 、メガテリウム。不思議な気分です。かなり進化したであろう生物も今となっては絶滅種。人間もいつか絶滅するのだろうね。
リンク先トップページはこちら「巨大動物図鑑」
「アフターマン 人類滅亡後の地球を支配する動物世界」
ドゥーガル・ディクソン (著), 今泉 吉典 (翻訳)
この本は人類が滅亡して長い時間が経つとどんな生物が進化するかというものを予想したもの。まあSFの世界だけれどありそうなのもいれば、うん?という生物も多い。図鑑はやっぱり現実に基づいている方がおもしろいね。解説も詳しくかかれているのだけれど、図鑑としては読めない。SFならば読めるけれどさ。哺乳類もがんばって進化しているけれど地球ってはやり昆虫の星だと思う。昆虫くらい小さいと重力の影響も小さくてすむので飛ぶことが容易だ。空気との相性もよいと思うし。でも小さいから知能が低いのか。
「世界海の百科図鑑―生態系・環境から地形・資源・保全まで」
ジョン・パーネット(著),川口 弘一 (翻訳), 平 啓介 (翻訳)
この本こそ文句なく図鑑!といえる情報量を持っている。写真やグラフ、図が多くてとてもおもしろい。世界海洋資源図には魚や海老、石油の小さなアイコンが描かれており楽しい。おお、海はなんて豊かなのだろう。波、干満、台風、津波、極海に関するかなり詳しい説明があって非常に読み応えがある。とてもお薦めです。干満のことは大体わかっていたのだけれど太陽の引力は月の引力にくらべて2/5程度だということを知った。そこまで小さいとは思わなかったよ。
「世界のかご文化図鑑―自然を編む民族の知恵と技術」
ブライアン センテンス (著), Bryan Sentance (原著), 福井 正子 (翻訳)
ふと手にとった本なのだが心惹かれた。アメリカにはトネリコの木を使ったカゴがあるのを知っていてそれを見たかったのだが、北欧やロシアのカバの樹皮を使ったカゴの美しさには惚れ惚れしてしまう。かごは南半球よりも北半球で発達しており、その地域にふんだんにある材料を使って作られている。手間がかかっているのだが、その手間をかけるほど便利なものだったのだろう。今ではきちんと作られたかごはダンボールやプラスチックに比べてだいぶ高級品になってしまったのが残念。著者が欧米人ということもあって日本の竹細工があまり紹介されていないもの残念。けれど非常におもしろ図鑑です。
今読んでいるのは、梨木香歩 [からくりからくさ]
12月1日は世界エイズデーだった。昨年と同じく今年もニュースで思い出した。ちょっと気になったので「エイズ動向委員会報告」に目を通してみた。テレビのニュースで言われていたのは「AIDS患者数の増加、若年齢化」であったのだがそれに加えてHIV感染者の半数以上が同性間の性交渉であることがわかった。まだ同性愛者が中心だったのか。AIDSの感染経路がわからなかったときは、男の同性愛者特有の病気と考えられていた理由がよくわかる。
もう一つ興味深いのが「HIV感染者及びAIDS患者の都道府県別累積報告状況」と「献血件数及びHIV抗体・核酸増幅検査陽性件数」というグラフ。HIV感染者、AIDS患者共に東京が一番多いのは予想通りなのだが静岡や長野が妙に多いのは気になる。人口の割りに多い。何が原因なのだろう・・・。献血のグラフからわかるのは献血された血の中でHIVに汚染されていたものがどれだけあるかという割合なのだが10万人あたり1人を超えている。核酸増幅検査はNAT法といわれ従来のPCR法よりもかなり精度の高い検査方法。しかし、HIV感染初期段階での検出は完全でなく、グラフの数値よりも多い血液が汚染されていることは間違いない。献血センターが「検査目的での献血はしないでください」というわけだ。
身近な疾病というわけではないけれど話題の疾病である。HIVはエイズウィルスのことでAIDSとはHIVによって引き起こされる病気の名前。だからHIV患者、AIDS感染者という表現はおかしい。HIVが存在するのは精液や膣分泌液、血液でありこれらが粘膜や傷口より体内に侵入し感染する。HIVに感染してもAIDSが発病するまでには個人差があって6ヶ月~10年以上でありまだ研究途上でもある。有効な治療手段はない。HIV発祥の地といわれるアフリカでは若年者の人口が減ってしまい経済的に打撃を受けている地域もあるという。日本の感染者数は少ないけれど動向は気になる。年に4回も統計を取るだけのことはある。
情報元 「エイズ予防情報ネット」
今読んでいるのは、梨木香歩[からくりからくさ]
基本的には自衛隊の国外派兵には反対の立場なのだが、今ではかなり肯定的に考えるようになっている。イラクの選挙の日程や他の国の軍隊が撤退をはじめるなかで日本はいつまで占領軍として駐留するのかは、アメリカ外交、国内政治にかんれんしてなかなか興味深いことである。
イラク派兵を肯定するようになった一番の理由は自衛隊の練度アップに役立つからである。北朝鮮、中国、台湾の状況が不安定な現在、専守防衛の自衛隊が役立つ時つまり戦争が起きる可能性というのは低くないと思う。第一この人間の世界で100年も平和が続くとは思えない。戦争は間違いなく人間が本質的に持っているものだから。今の自衛官の中で人に対して銃を向けた人がいるのだろうか?いくら志願制の軍隊とはいえ、人に銃を向け引き金に指をかけたときに人間として初めて考えるのではないだろうか。訓練の時に想像はするだろうけど、自分の命を賭け、相手の命を操るという感覚は戦場でないと味わうことはできないだろう。少なくともこんな経験は日本国内ではできないので、イラクでの活動は訓練の一環と考えるとかなりのお金を使う価値があると思う。国防にも関係するので最低のコストで最高のパフォーマンスをとケチくさいことをいってはダメかもしれない。
訓練の要素を除くとイラク派兵の意味はない、というのが今日のオチなのだがブッシュと小泉が個人的に仲がいいからといってだらだらと駐留するのはあまり意味がないように思える。
今読んでいるのは、スティーブン キング[アトランティスのこころ]
「安芸の宮島」を「秋の宮島」だと勘違いしていた。関係ないけれどピアノの練習曲のバイエルをてっきりバイエルンだと思っていた。勘違いとは恐ろしい。しかも大人だと勘違いを突っ込んでくれないこともあるから油断できない。モミジの季節にはじめて宮島へ行った。紅葉のピークは過ぎてすでに3割くらいは散っていたのだけれどさすがにきれいだった。谷に沿った山道に植えられたモミジが美しい。モミジは下から見上げると見事な面となるように葉を広げている。紅の色と空とのコントラストが美しい。わずかな風に揺れるのもモミジの特徴。さすが面で展開しているだけある。
今年は台風の当たり年で宮島でもたくさんの木が倒れていた。直径が50センチもあるような木が根っこむき出して倒れているのだから驚く。台風の風の力とはいかほどのものだろうか。遊歩道を歩いただけでも20本以上の木が倒れていた。木の寿命は長いと認識していたけれどこのようにして不意に枯れることもあるのだなと実感。冬を前にしてまだ新しい植物は生えていなかったけれど春をむかえれば太陽の光を好む植物が芽をだすのだろう。生物の授業ではそうした森の営みを習った。森にしてみたら木が倒れたことはそれほど悲しむことではないのだろう。すでに次の命が用意されているのだから。
きれいなモミジの葉っぱを採って本に挟んだのだが家に帰るとしわしわになっていた。モミジを押し花にするのはなかなか難しい。サクラの葉っぱは簡単なのだけれど。
しかし今回の宮島。一番の収穫は藤井屋で食べたもみじまんじゅう。食べなれているけれど、焼きたてを食べたのは初めてだった。皮がさっくりとしていて、熱々の餡子で舌をやけどしてしまった。普通のもみじまんじゅうとは別の食べ物のようだ。うますぎる。しみじみおいしいと思った。1つ80円でお茶はサービス。たったこれだけで店内のテーブルで休めるのだからお得。
今日読み終わったのは、吉行淳之介 [砂の上の植物群]
現在行っている趣味の運動として挙げれらるのは、自転車、インラインスケート、水泳である。これらに共通することは確かに存在する。それはスピード。普通の状態よりも格段に移動速度がはやいものにひかれるのだ。スピードで快楽を感じられるからこれらのスポーツをするのである。自転車は非常によくできた機械であり、人間の力を効率よくスピードに変換してくれる。インラインスケートもランニングとあまり変わらない装備なのにスピードを出すの必要な力は驚くべき少なさ。極めつけは水泳。1Gという陸上生物の宿命から解き放たれた空間での感覚は非常に素敵だ。というわけで自分の力を使ってながら、それ以上のスピードを得られるものが好きなのだ。
観戦するスポーツで好きなのは、球技でしかも敵味方の陣地が分かれていないもの。卓球、テニス、バレーはあまり好きではなくて、サッカー、バスケ、アメフト、アイスホッケーはおもしろいと思う。スポーツに関する興味や関心ってかなり個性があらわれますね。
今読んでいるのは、太宰治 [走れメロス]
知り合いと本に関するメールをやり取りしたので、今日はガツンと読書日。雰囲気を変えるためにあまり行かない図書館まで自転車で遠征。
今日読み終わったのは、
梨木香歩「家守綺譚」新潮社 2004.01.30
梨木香歩はしみじみおもしろい。昨夜から読み始めて今日読んだのは20ページくらいだけれど。後は高堂の話のみだ。
デイブ ペルザー「ロストボーイ "It"と呼ばれた子 少年期」青山出版 1999.04.25
しばらく前に話題となった本だけれどいまいち。幼年期、少年期、青年期と三冊セットなのだが青年期を読もうか迷う。原題が"The Lost Boy A Foster child's search for the love of Family"なのだが日本語には訳されていない。不満である。
遠藤周作「夫婦一日」新潮社 1997.09.29
今まで読んだ遠藤はなんだか物悲しい話が多い。鳥取砂丘に行ったら杭を探してみよう。
島田雅彦「そして、アンジュは眠りにつく」新潮社 1996.11.30
うーん、夫婦一日よりも前の作品なのか。作者の年齢によって話もだいぶ変わるなあ。それにしても島田雅彦の汚れ具合は心地よい。
津田晴美「あの人の暮らしかた essence of living」筑摩書房 2001.08.10
読む価値のない作家カテゴリー入りするかと思われたがこの本はまだいける。裏庭は最低だったけど。滅多なことでは手にとらないだろう、津田晴美。
どっしりと座って重い作品を読む気分ではなかったので軽めの本を選択した。結構読めるものだなあ。図書館で読んだのだけれど、斜向かいに座った人はヘラルドトリビューン(英語版)を読みながらぶつぶついっていた。「宗教が力をなくしているからね、スポーツにのめり込むんだよ」といっている。うるさいので凝視していたのだがどうやら普通ではないようだ。そういえば前方を歩いている人は携帯に向かって「いやそれは俺達はさわれないよ。御払いしてもらわないと・・・」といっていた。あなたの世界はどんな世界なのだろう。
向かいに座った女の子は小学4年生。なぜわかったかというと読んでいたのが「小学4年生」だったから。この本においては背伸びをして違う学年のを読むということはないだろうな。別の図書館ではおじいさんがイスでもぞもぞしながら「anan」を持っていた。読んではいなかった。市立図書館って変わった人が多いなあ。
広島市立図書館はwebでの検索ができず、端末も半角カナ入力のヘタレシステム。これが新しくなれば申し分ないのだがね。
今読んでいるのは、梨木香歩[丹生都比売]
「よるの森のひみつ」を読んだ。結局図書館で予約した。予約本の到着の連絡があったので図書館へ行くと、すいませんまだ来ていないようですといわれてしまう。別に予約した「渋江抽斎」と「丹生都比売」は来ているようだ。もしやと思って絵本なのですが、というとやはり来ていた。職員はすまなさそうにしている。若い男と絵本。先入観は効率を上げるけど時には邪魔にもなるのです。
この絵本スイス南部の昔話が原作。話の内容は花咲か爺さんやこぶとり爺さんとほとんど同じなのだが特徴のある絵が美しい。絵はケティ ベント。ページからはみ出んばかりの絵、ページを斜めに分断している絵、見開きでカラー、文字がまったくないページ。大人の本ではあまり考慮されない紙への冒険が詰まっていておもしろい。絵本大好き、とは言わないけれどたまに読むとこの可能性には刺激を受ける。
この本、検索する時にいつも暗い森だと思ってしまう。「暗い森」はアーロン エルキンズの本だ。久しぶりに読んで気のいいアメリカ人を堪能してみようかしら。
今日読み終わったのは、ケティ ベント絵、エベリーン ハスラー 文[よるの森のひみつ]
図書館の、普段はあまり行かない文庫本の書架で梨木香歩の「裏庭」を見つける。借りて読んでみると案の定おもしろい。子供も読める本という位置付けでありファンタジーでもあるので、ミヒャエル エンデのモモを思い出す。そんな本だった。次に図書館に行ったときには梨木香歩の本を2冊手に取る。もう1冊借りることができるので読んだことの無い作家の本を借りようと思ってちょっとうろうろ。水上勉にしようか、それともケド戦記にしようか。本の背表紙を何となく眺めていると津田晴美の「裏庭」を発見する。おお、同じ裏庭。これも何かの縁だろうかと思い手に取る。するとこの本にはしおりが挟まれていた。このしおりは見たことがある。パピルスのしおりでそこには象形文字とアルファベットの読み替え表が描かれている。エジプト展などの売店でかならず見るしおり。何度か買おうかと思ったけれど通り過ぎてきたしおり。これこそ何かの縁だろうと思ってその本を借りた。きっとすばらしく面白いに違いない。装丁も丁寧にされているし。TOTO出版でおしゃれな感じがする。よしよしと思って読み始める。
いっきに読んでしまった。読んでしまったけれどつまらない本だった。作者はインテリア系の仕事をしており写真がきれいなのは納得。けれどねえ、肝心の内容がまったくもってしょうがない。普通の人の日常がただ断片的に垣間見れるだけ。エッセイというのは少なくともその人ならではの視点を意識することによって日常が読者にとっては変化あるものになるのだが、津田晴美の日常はそれ以下でも以上でもないものだった。50歳過ぎという年齢を考慮するともっと悲しくなる。正直思うのは50歳でこの程度かという感じ。そのわりに自らの生活を文にしているところを見るとそれなりに意識しているのだろう。それが余計に悲しいのである。久々にダメ作家ランク入りしそうだけど、気が向いた時にもう1冊くらいは読んであげよう。素直な印象としてはこのような内容のエッセイだったら30歳前後の女性の方が断然面白い。50歳なら金井惠美子の方が面白い。というわけで、小さな偶然はすれ違いに終わった。けれどしおりは大事に使わせてもらうことにしよう。
今日読み終わったのは、デイブ ペルザー["It"と呼ばれた子 幼年期]
カルパッチョの部屋の愚痴日記にも書いてあったのだが紀宮が結婚をするのだと知ったときは驚いた。そしてカルパッチョと同じように「 これは世の独身同年代36歳女性に希望を与えたのか?それとも世の女性はなんであいつが結婚できるね~んと悔しがっているのか?」と思った。多くの人の素朴な疑問であろう。ま、ローヤルパワーで解決なのだろうか。蜂だってローヤルエキスを与えれば女王蜂、普通の蜜なら働き蜂か雄蜂なのだからね。ローヤルはすごいのさ。
皇室の女子は結婚すると皇籍を離れるらしい。そう考えると結婚相手の黒田という人はすごいね。義父が天皇、義母が皇后、義兄が皇太子(いずれ天皇)。けれど皇室ではない。うーん、この結婚なかなか勇気のいる決断だね。それにしてもテレビの画面でカメラに囲まれて既に皇室語を話していたのには驚いた。あれは元からあのような話し方なのだろうか、それとも訓練したのだろうか。それが疑問だ。
結婚によって特需が起きるらしいけどホントかねー。ワタベウェディングとかが目算しているみたいだけれど、なんか今回の結婚に「あこがれ」という要素は少ない。結婚の日に路上でおばさんが「清子さまー」と叫ぶ姿は見られるのだろうか。大人だったらそっとしておいてやれと思ってしまった。
今読んでいるのは、梨木香歩[家守綺譚]
最近用法が乱れていたり、個人的に使用方法や変換を間違えてしまう言葉をピックアップ。整理してみたいと思います。
用法の乱れで気になるのは、
「確信犯」:徳的・宗教的または政治的確信に基づいて行われる犯罪。
・本来の確信犯は自分の行為が違法だと思っていないけれど最近では、悪いと承知して犯行を行った場合に用いられることが多い。新しい用法として定着したといえるのかもしれない。
「元凶」:悪者のかしら。悪事をたくらんだ張本人。
・本来の元凶は人物にのみあてはまる。最近では原因とほぼ同義語として使われる。
間違えそうになるのは、
誤「こんばんわ」 正「こんばんは」
誤「廉価(けんか)」 正「廉価(れんか)」
たまに「こんばんわ」と書かれたメールを見るし、廉価の廉はマダレの中が兼であり読みが「けん」であるからつられてしまう。
混乱する語とは以下の語。
「甲斐」:
行動の結果としてのききめ。効果。また、してみるだけの値打ち。
「甲斐甲斐しい」:
1 かいのあるさまである。思いどおりのさまである。
2 有能である。頼りがいがある。
3 骨身をおしまず、てきぱきしている。はりがあって、いきおいがよい。
「甲斐性」:
かいがいしい性質。けなげな性質。物事を立派にやりとげていく能力。
「甲斐無し」:
かいのないこと。ふがいのないこと。また、その人。かいしょうなし。
「甲斐性無し」:
甲斐性のないこと。意気地のないこと。また、その人。
このように「甲斐」に関連する語を挙げてみると混乱する理由が良くわかる。甲斐と甲斐性は意味が違う。けれど甲斐甲斐しいは甲斐の意味ではなく甲斐性の意味をもつ言葉だ。なのに甲斐性無しと甲斐無しは同義語だったりする。混乱するわけだよ。
意味はすべて広辞苑より。
今読んでいるのは、梨木香歩 [村田エフェンディ滞土録]
ひさしぶりに絵本を読みたくなった。たまに読みたくなるのが絵本。
「よるの森のひみつ」ケティ ベント文、エベリーン ハスラ絵が読みたい。
ちらちと読んだ時に絵がもっているパワーと物語の黒々しさにビックリ。
近所の図書館に行ったら貸し出し中だった。予約をするのもあれだからなあ・・・
今日読み終わったのは、梨木香歩 [裏庭]
昨日はよくしらべなかったのだが、FirefoxのPluginsは1.0に対応しているものが多いようだ。Mozilla Update :: Extensionsでは1.0に対応しているPluginsは少ないのだが作者のサイトに行くとすでにダウンロードできるものが多い。今回は以下の4つほどインストール。これでIEベースのタブブラウザ並の快適さが実現された。
・Tobbrowser Preference 0.9.96
・GooglePreview 0.8
・Html Validator 0.3.1
・Tab Clicking Options 0.2.1
Firefoxデフォルトの機能だけれど「この検索にキーワードを設定」という機能がとても便利。例えばGoogleの検索文字列入力欄にgというキーワードを設定しておくとアドレスバーに「g hidk」と入力しenterを押すだけでgoogleの検索結果ページが表示される。Amazonや辞書サイトの検索文字列入力欄に設定すればもうツールバーの検索ボックスで選択しなくて済む。ほとんどの人にとってマウスを使うよりもキーボードだけで検索が使い分けできるということは大きなメリットなはずだ。うれしかったのでFirefoxDLサイトへのリンクを張ってみた。

今読んでいるのは、梨木香歩[裏庭]
勘違いしていた。wikiとはブラウザによってウェブ上の情報を更新、集積させていくサービスの名称である。wiki=wikipediaだと思っていたけれど、wikiはblogやBBSといったツール・サービスの名称なんだね。wikipediaのほかにもおもしろいwikiがあるかなと思って探してみるもののあまりない。技術系wikiはそこそこ見つかるけれど、ブックマークに入れたいものは少ないなあ。
これくらいしか見つからなかった。それにしても2chの地震支援wikiはすばらしい。スーパの営業情報、風呂情報、ボランティア情報、ライフライン情報などが載っている。これほど広い情報がまとまっているのは他にないのではないだろうか。情報の質はともかく被災者の声も載っているし。これに安否情報を加えたら、NTTやNHKが提供しているサービスよりもよくなるのにね。wikiならできそうな気がする。
さて今回の新潟の地震。親戚も知り合いもまったくいないのでいたって他人ごとなのだが、実家のある東海地方では巨大地震が確実に起こるということが言われているので気になる。地震発生から数日は電気、電話ともにダウンしているので安否情報どころではないだろうけれど比較的復旧の早い携帯電話を有効に使うように家族で取り決めを交わしておいたほうがいいのかもしれない。なんなら携帯から利用できる掲示板を作っておくのも有効かな。NHKの安否情報なんかよりはよっぽど有効だろう。
今日読み終わったのは、梨木香歩 [エンジェル エンジェル エンジェル]
今でこそ毎日髪を洗っているが、子供の時は冬の間は洗髪は一日おきにすることもあった記憶がある。冬になるとあまり汗をかかないのでそんなものなのだろう。
何かの雑誌で洗髪するさいに使用するシャンプーが髪を傷めるといった文を読んだ。その記事によればお湯で丁寧に洗えば汚れのほとんどは取れる上に皮膚や髪のキューティクルを傷めることはないのだという。それ以来、たまにシャンプーや石けんを使わずお湯だけで髪を洗うことがある。僕としては髪の健康のためではなく、めんどくささとシャンプーを使わない事への好奇心が大きな要因なのだが。
お湯洗髪は確かに髪にいい。次の日、髪に触ってみるとしっとりとしていてわずかにまとまり感がある。手触り指ざわりが非常によくまさにアジエンスの世界。唯一の欠点は皮膚のにおいというか汗のにおいというか体の代謝のにおいがわずかにすること。これは不潔な匂いではないはずなのだが普段はシャンプーの香りに隠されているのだろう。シャンプーは髪を傷める大きな要因かもしれないな。
今読んでいるのは、太宰治[斜陽]
現在、NHKでは災害で被災した人の為として24時間テレビを放送している。ついにNHKも24時間テレビ。民放のようにおちゃらけた番組で24時間はひんしゅくかうからシリアスな内容なのだろうか。募金を集めたいのだろうか?それともただ励ますだけなのだろうか。のど自慢は放送されたりしていてよくわからない。よくわからないけど、アナウンサーはたくさん出ているし、メッセージを寄せる有名人の顔ぶれが豪華なのはさすがです。
さて、この放送ラジオでも同時放送している。AMのNHKを聞くとわかるのだがラジオの音の方がテレビよりも早い。0.5秒まではいかないだろうけれどテレビはかなり遅れている。はたしてこの差は一体何から生まれるのだろう。両方とも電波で我が元までやってくるし電波や電気ならば光の速さのはず。アンテナから本体までの距離がテレビの方が長いからか?ラジオは本体にアンテナを内蔵しているからな。それとも電波へのエンコードの問題かな?映像を伴ったテレビでは電波にエンコードするときに時間がかかるのかもしれない。ラジオは音声だけなのですぐに電波にできるのだろうか。うーん、これが今のところ一番もっともらしいな。番組が終わる夜までちょっと考えてみることにしよう。
今読んでいるのは、太宰治[斜陽]
実に21年ぶりに通っていた幼稚園を訪ねた。実家は浜松市だけれど幼稚園の時に住んでいたのは隣の磐田市。富士見幼稚園に通っていた。幼稚園の前を車で通ったことはあったのだけれど今回は勇気を振り絞って幼稚園に入ってみることにした。若い男が単身で幼稚園の門をくぐるということがどれほど注視を引くことかわかっていた。深夜のコンビニにフルフェイスヘルメットをかぶって入店するようなものだと。
入口近くに先生がいるのを確認して、門を開けて中に入り卒園生なのですがすこしでいいので中を見てみたい旨を申し出る。ああ、明らかに警戒している。この人はほんとに卒園生なのか?子供をさらいに来たのではないだろうかと思われているに違いない。そう思われてもしょうがない状況である。卒園年は園長の息子と同じである、ということを説明しているとちょうど園長が外から戻ってきた。私立なので園長。顔に見覚えがあるのでちょっとホッとする。息子さんと同じ年で、と説明するとなんだか思い出してきた様子。すると近くにいた女性の先生を呼んだ。その先生も警戒して近づいてきたのだが、園長から話を聞いてどうやら年長で担任だったことが判明。すこし話をするだけで向こうもこっちも思い出した。久美子先生という名前は記憶に残っている。ああなつかしや。私立幼稚園だから20年も同じ先生がいるのだろう。
建物はすべて一新されいたけれど年中行事はほぼ同じことが行われている。園長が当時の写真集を持ってきてくれた。イモを掘っている幼稚園児は僕だ。フラワーパークの前で集合写真も記憶にある。なんといっても発表会の衣装は記憶にある。一度「赤オニと青オニのタンゴ」で出演しその時の衣装が虎のパンツのみというもので幼いながらに羞恥心を感じたのを覚えている。あれはイヤだった。油粘土のにおいをかいで、恩物と呼ばれていた積み木でこれは Froebel's Giftの日本語訳だとわかった。幼稚園で使われていたのは個人用にリサイズした改良積み木でありフレーベルの積み木とはすこし違うようだが大同小異だろう。とにかくこの積み木は懐かしかった。実家のどこかにまだ眠っているかもしれない。小学校は浜松で通ったので幼稚園の友達の記憶というのはほとんどなかった。小学校が同じなら今でも覚えているのだろうにね。幼稚園児の記憶の限界がこのあたりにあるのだろうか。集合写真を見ても名前を思い出せたのは数人だったし、女の子にいたってはだれひとり思い出せなかった。当時好きだった子がいたはずなのに!
結局一時間くらい話し込んでしまった。最近ではかつての卒園児の子供が通っているようで同級生の子供も来ているよといっていた。そこでふと思ったのだが久美子先生の年齢。当時、若い人だったのだがそれでも22歳は過ぎていた。でもう21年。年齢をあかしてくれたのだが47歳といっていた。うーむ若い。30代後半で通用する。園長も当時と変化していないように感じられ、若者に囲まれていると年をとらないのかもしれない。
富士見幼稚園はワイルド系だった。先生自らそう言っていた。栗拾い、ヤキイモ、ザリガニ取りなどをやったしヤキイモは明日するのだと言っていた。うーん懐かしかった。かなり盛り上がってしまい、知っている先生にまた来てねといわれたのでまた20年後にねと言っておいた。勇気を振り絞って入った甲斐があった。大げさだけれど自分の人生の断片を再発見した気分だ。
今読んでいるのは、太宰治[斜陽]
もちろんこれは香田生証の処刑ビデオのこと。アメリカ人、韓国人に日本人、トルコ人にネパール人。きっとヨーロッパの人間も処刑されその模様がネットで公開されているだろう。テレビではあまり報道されていないけれど。小学生の子供が友人を殺した事件の時は、原因ともなった掲示板についてテレビは盛んに報道し意見を言っていたのに今回はほとんど言及していないようだ。多分、映像があまりにひどすぎるからだろう。僕も思わずアクセスしてしまったのだが首を切られる直前で見るのをやめた。この判断は正しかったと思う。以前アメリカ人技師が処刑された模様を見たのだが、それと同じことが彼の身に起きるだけのこと。少なくとも映像的にはその程度だろう。
アメリカ人はみれて日本人は見れないという明確な理由は僕との距離にあるだろう。すべての人間にとって死こそは宿命であり最期は平等に訪れる。それは間違いないのだが最期にいたるプロセスによってはさまなざな感情が生まれる。ルソーが言語起源論で書いていたように対象となる人に対する共感、共通部分が多ければ多いほど自分の心情として共感することができるのだから。
同じ日本人ということで皮膚の色が同じ、服装だってどこか日本のセンス、黒い髪、喋るのは日本語。断末魔の叫びもきっと日本語だろう。これらを想像することは極めて容易でその結果停止ボタンを押したのだと思う。
共感できるほどその死に対してかわいそうだと思うのはどうやら事実だと経験から思う。アフリカの内戦で大量虐殺があっても眉をしかめて終わり。次にご飯を食べる時には忘れている。アラスカで日本人のツアー客の乗ったバスが横転しても、知人が含まれなかったら凍った道路は滑りやすいからで終わり。逆に顔を知っている人が死亡した時の喪失感はだいぶ大きくなる。これは共感したり想像したりすることが容易だからだろう。近い世界に住むということは世界を共有するということなのだね。
今日読み終わったのはレイ ブラッドベリ[華氏471度]
世の中には知らない方が幸せなことはたくさんある。しかしふとしたときに、隠されていた真実に出会ってしまうのもである。偶然それを目撃することもあれば、ふと空を見上げた時ににひらめくこともある。今回はシャワーを浴びている時に思い出したこと。
魚は獲物である。この文明全盛の日本において魚こそが唯一の捕獲対象動物のようである。ま、クジラも捕獲されているけれどあまり一般的ではないし。農業というと自然からの恵と考えがちだけれど種苗管理、成長管理が人間によって完全に行われているのを考えると自然の貢献度はずっと下がる。ビニルハウスや農薬によって環境を整えることが随分と可能となっている。その点漁業は今でもほとんどが狩猟採取型なのでおもしろい。養殖もあるけれど消費量のほとんどは天然物だと思う。少なくとも僕は天然物がほとんど。旬のものを食べるからね。
今読んでいるのは、レイ ブラッドベリ[華氏471度]
実家は浜名湖の近くにあって海の幸は豊富だった。典型的な沿岸漁業でノリや佃煮は今思えばかなりおいしいものを食べていた。もちろんウナギも。だから浜松を離れてそれらのものをあまり買わなくなった。というかまったく買っていない。食指が動かないとはこのことである。そして佃煮の中でもハゼの佃煮が好きだった。ハゼの佃煮には色々と種類がある。種類といっても味が違うのではなく、ハゼの大きさによって味わいが変化するのである。大きいハゼの佃煮が好きだった。
さて、ハゼを釣った事があるだろうか?河口から沿岸に広く生息するハゼはなんとも貪欲な魚で針にエサのかけらがついていればすぐに釣れる。そんな魚。ハゼ釣りのえさはゴカイが一般的だけれどそれより安いアオジャムシを使うことが多かった。アオジャムシ(モロな画像)、この文字だけで姿形がそうぞうできるなかなか恐るべき生物だ。アオジャムシはゴカイよりも硬いのでエサ持ちがよく1箱で一日釣りができるほど。佃煮にされるハゼはおなかのなかにアオジャムシがいるのではないだろうか?きっといる。だってエサだから。佃煮の色が見事にカモフラージュしているけどなあ。食べる時は毎度思いだすようになってしまった。
イラクで人質となっていた日本人が殺害されて日本政府(の関係者)はさぞほっとしているだろう。前回の(ずっこけ)3人組の時のように命と引換に自衛隊撤退の交渉をされたことを思えば死人に口無し。追悼の意を述べて、テロに屈しないといっておけば事件はすぐに風化する。自衛隊の撤退も非常に難しい問題でおいそれと匂わすこともできない。アメリカの大統領選にも関連しているだろう。
新潟の地震の方がよっぽど大きなニュースだし自衛隊撤退問題にまで発展しなかったのは日本政府にとって幸いだろう。3人組の時は「人質となった人を非難するとは欧米では考えられない。日本の民度が低い証拠だ」というようなことを言った人がテレビのコメンターでは多かったようだが、ドイツ人が人質になったときドイツでは人質に対する非難が起こったと読んだ覚えがある。今回はいろいろ学習したせいか、地震の被害が多すぎたせいか自己責任論など人質を攻めるような言葉を聞かない。
さてここで一歩踏み込んでみる。「なんでも評点:処刑映像が公開されるのは確実 - 日本人はどう反応するだろうか」に書かれているように処刑映像がネット上で公開されるのは確実である。きっとテレビのニュース作成者もその映像を見た上でこれに関する映像や記事を書くに違いないだろう。もちろんテレビ局はそんなことを言わないだろうが。こう認識した上でテレビを見るとなんと身の回りは虚構に囲まれているのだろうかとびっくりしてしまう。
アメリカ人の処刑映像(もちろん無修正)をかつて見たので今回の映像だって想像することが容易だ。きっと同じなのだろうから。覆面の男たちに首を切られ、彼らの祈りの言葉と叫び声、切り離された頭部と頚動脈からあふれる血。映像はこのあたりで終わるだろう。見たからどうよ、見なかったからどうだという問題ではないのだけどその気になれば容易にこの映像にアクセスできるというのは複雑な心境だ。誰だって必ず死ぬし、もっとひどい死だってこの世にはあふれている。今生きている地球とはそういう星になっているのだ。自らを地球の支配者だと思っている人類の所業なのだからおもしろい。2001年宇宙の旅の冒頭部分が繰り返されているだけなのだね。
しかし日本のマスコミは腫れ物に触らないというのが誠にうまい。
今読んでいるのは、太宰治[斜陽]
1を3で割ると解は0.333333・・・と以下無限に続くのだが分数とは便利なもので1/3とすっきり表現できる。同じ式のようにみえて微妙に違うのが数字を数学の奥深さだろうか。何も数学の話をしようと思ったわけではない。最近買ったうどんの表示欄を見て思ったのだ。その乾うどんは400g入なのだがそれが3束に分割されている。そう、400gを3束に分けているのである。1束あたりの重量は133.33333・・・・・gとなってしまう。133g133g134gの3束でひと袋になっているのだろうか?こんな芸の細かい技を乾うどんごどきでやっているのだろうかとしばし考えてしまった。実際のところは133g×3束で399g、1gは製造上の誤差ということなのだろうが、なんとも不誠実な表記だと思った。
一方で角度というのはこの3分割問題を簡単にクリアしている。誰もが知っている通り円は一回りで360度。2分割も3分割も整数でできるという便利さ。なぜ一回りを100度ではなくて360度にしたのかその理由やきっかけを知りたいのだがこれこそが人間の英知なのだろう。割り切れ無い時には近似値を使えばいいのだが端数のでないこの気持ちよさ。0.3333・・・ではなくて1/3で表現した方がすっきりするというのも多くの人に共通の感覚だろう。
それにしても円の一周が100度だったらと考えたら結構おもしろい。分度器を使うのがさぞイヤになっただろうな。
今読んでいるのは、太宰治[斜陽]
子供のときかつお節が嫌いだった。親に嫌いだといったことは(多分)ないのだが焼きソバを食べる直前にかつお節をかけられるとがっかりしたものだ。おにぎりの具としてのかつお節は好きだったけれど。かつお節を苦手としていた理由ははっきりしていて、苦いから。今ではかつお節はおいしいものだと思っているけれど、やはり苦味を感じる。血に由来する苦味だろうか、後味に若干の苦味を感じるのである。
子供の味覚が鋭いというのは良く知られていて、上質な食品とそうでない食品を食べさせるとものの見事に食べわけたりする。きっとこれは感受性の高い舌を持っている証拠に違いない。一方大人はグルメを標榜していても化学調味料の味にだまされたりして信用できない。子供の味覚と大人の味覚は何が違うのだろう?と考えてみた。
きっと大人は鈍くなった味覚を経験や知識で補っているのだろう。味わったものを言葉で表現できるし料理人やソムリエなど特定の人は明らかに味覚を発達させているだろう。しかし多くの人は子供時代よりも味覚は鈍くなっているけど、経験や知識のおかげであまり感じないだけなのかもしれない。知識というものはあればあったで役に立つけど、かえって判断の妨げとなることもあるといういい例だ。
とりあえず、舌の上の白い物体である舌苔をとるとかなり味覚が鋭くなりますよ。
今読んでいるのは、レイ ブラッドベリ[華氏451度]
書いたけれどアップするのを忘れてボツになってしまったネタ。消すにはおしいので掲載します。今回は赤い羽根共同募金。しばらく前に流行り?ました。
今読んでいるのは、太宰治[斜陽]
赤い羽根の共同募金に協力した人はこの文章は読まないほうがいいでしょう。
住んでいる集合住宅の掲示板に赤い羽根が置いてあった。近くに募金箱はないからどうぞご自由にお取りくださいということなのだろう。共益費から募金されているに違いないので、1つ貰ってきた。懐かしの赤い羽根。今時しているのは(愚かな)政治家と(間抜けな)ニュースキャスターくらいだろう。赤い羽根で何をアピールしたいのだ。
小学校の時は赤い羽根や緑の羽といった非日常物が楽しかった。針が刺さらないように気をつけて服につけた後は決まって小さな消しゴムを針に刺して協力なダーツとなった。赤い羽根と消しゴムは相性がよい。
驚いたことに街頭でも赤い羽根の募金を募っている。あれはどういう人なのだろう?赤い羽根ボランティアか?小中学生の時は恥ずかしながら自分も募金を募る側だったので戒めもこめて書こう。今後募金活動に協力することはありません。というか募金活動は嫌いだ。任意参加のはずなのに妙に押し付けがましいあの叫び声はどうだろう。
「赤い羽根のきょーどー募金です。ご協力お願いしまーすッ」
うるさいし、声の裏には100円くらいのはした金とっとと寄付しろぉという考えが透けて感じられて不快だ。そんなに赤い羽根が大事ならば自分が一日働いてその賃金をすっかり寄付すればいいのだ。きっと募金よりもたくさんの金額が集まるだろうし、自分の賃金をすべて募金箱に入れる時の迷いも感じられるだろう。
募金活動に対して不信感を持つようになったのは友人から24時間テレビについて聞いてから。かかってくる電話の半数はいたずら電話ということだし、テレビ局はボランティアで番組を作っているわけではない。制作費はCM代と募金から出ているに違いないからだ。そして小学生の頃、500円という大金を寄付したのだ。栄養失調のアフリカの子供のために。あのお金はどうなったのだろう。ほとんどはユニセフの組織を維持するために使われと思われる。こうしたことがわかるようになってから、自ら使途不明金を作るのはやめることにした。
この本は非常に面白い。あれはどうなっているのだろう?何の原理が作用しているのだろう?と疑問に思ったことの答えがたくさん書かれている。ブラボー。その本とは
「世界海の百科図鑑―生態系・環境から地形・資源・保全まで」
です。たとえばP34の「潮汐」という項目には
宇宙の全てのものは他のものに引力をおよぼしている。月と地球はお互いに引っ張りあっている。お互いに離れているのは、月の軌道運動の遠心力のためである。地球の中心では、月の引力と地球と月の共通の重心のまわりの回転の遠心力がつりあっているが、地表面ではつりあっていない。月に近い地表面では引力が大きく、そのため海水は引き寄せられている。その反対側の地表面では引力が弱く、遠心力のため海水は月と反対の方向にふくらむ。これらの力と海洋の応答で1日に2回の満潮が生ずるが、半日潮の満潮が月と完全に一直線に並ばないわけは他にある。地球が自転しているために潮汐の干潮の場所は移動するが、月の位置は満潮よりほんの少し前にある。この差は海水と海底との摩擦のためで、月の引力に対する海洋の応答が遅れるからである。太陽も海洋の表層に引力をおよぼしているが、月の引力の5分の2の大きさである。太陽と月の海面に対する相対位置が変わると、引力は強め合ったり、打ち消しあったりする。
今読んでいるのはもちろん、ジョン パーネット[世界海の百科事典]
「ホテル街」
和歌山県沖で地震があったときの会話にて。白浜って海岸線からホテル街が近いから避難訓練とかしっかりしているんだろうなあという会話があった。はてホテル街。僕はホテル街=十三や桜ノ宮などのラブホテル街を連想してしまったけれど一般的にはそういう深い意味は無いようだ。ホテル街、怪しい言葉であるとは言い切れない。
「適当(てきとう)」
適当な服装。適当っていい意味でも悪い意味でも使うのかな?と思って広辞苑(電子版)で調べてみる。
てき‐とう【適当】
1 ある状態や目的などに、ほどよくあてはまること。「―した人物」「―な広さ」
2 その場に合せて要領よくやること。いい加減。「―にあしらう」_
なるほど、基本的にはいい意味なのか。最近ではてきとうは悪い意味で使われることが多いので迷ってしまった。
「台風が多い」
今年は台風が多い。もう少し正確に表現すれば本州に上陸する台風が多い。だからといって異常気象といえるほど異常ではないようだ。洪水はおきたけれど渇水はおこっていない。いつも人間に都合よくはいかないさ。自然なんてそんなものだよ。
「降水確率」
降水確率に30%とか90%とか中途半端な数値があるのはなぜだろう?降るか降らないかのどちらかではないのか?そこのところをはっきりさせて欲しいと思ったことは誰でもあるはず。しかし降水確率とは過去に同じような気象条件だったときに雨の降った確率なのである。このことを知っていると30%や90%でも至極納得。実はそういうことだったんだね。ふむふむ。
「ロングエッグ」
ロングエッグ。詳しくはたまご博物館 ロングエッグを参照あれ。知らないうちに食べているのだろうけど、こういう商品を見るのはやはり驚きだ。業務用食品はその単価や製造工程、原料、使われ方などは隠される傾向があるのでふとそれに気がついたときには驚く。ファミレスが冷凍食品だらけなのは有名だが、焦げ目のついたハンバーグが冷凍されていたり、ポテトサラダは2KGの袋詰冷凍だったりを自分の手にとった時は驚いた。
今読んでいるのは、池澤夏樹[静かな大地]
イチローが大リーグ記録!MLBのトップページにも彼の顔が。Bye George!動画もみれてかなりお薦め。
www.mlb.com
ライブドア・楽天新規参入に関して、いつのまにか楽天が本命になっていると感じるのは僕だけだろうか。
プレーオフを行っているパリーグ。
日本ハムは試合数133 勝66負65引分2勝率.504
なのだが、シーズン中にもう一試合でも負けていたら勝率が5割を切っていた。3位チームが負け越しというのはたまにあるはずなのでプレーオフは制度的に間違いだろう。
ストライキって英語ではStrikeであってこれはストライクのこと。野球らしくストライク決行って表現したら良かったのに。ストライキは日本語になってしまんだね。
今読んでいるのは、池澤夏樹[静かな大地]