January 31, 2005

母と娘の顔

街を歩いていて思わず目が止まってしまうのは、母親と娘が仲良く歩いている姿である。特にデパートのエスカレータで反対側にのいるときに良く思うのだが似ているのである。親と子供が似るのは当然だけれど、父親と息子よりも母親と娘の方が相似形であることが多い。顔が同じというわけではないのだが、パーツごとに見ていくとまったく同じ。顎のラインとかが同じなので遺伝というのは力強いなあと思う。化粧が微妙に似ているのもあるかな。

 もう1つ似ていると思うのはおしゃれなヤングママとその子供のファッション。子育てしていてもタイトジーンズをはいている人なんかは、子供もまったく同じファッションだったりしておもしろい。色の系統が同じとか、ダウンがおそろいとか。おそろいで揃えたくなるのだろうか。

 しばらく前に「個体発生は系統発生をなぞるのか?」というような展覧会のチラシを見たのを思い出した。

今日読み終わったのは、ハインライン [夏への扉]

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January 30, 2005

廉価版

 何が好きと聞かれたら廉価版が好きだ。廉価、れんか、レンカ。廉価版というのはいたるところにあふれていて、農産物で形を気にしないものは廉価版として売られているし、PCのCPUにも廉価版がある。

 さて今日買った廉価版はおしゃれ着を洗う液体洗剤。今まではエマールを使ってたのだが空になった。ドラッグストアへ行くと、エマール、アクロンがある。ハミングやファーファは柔軟材と言われておりちょっと違うようだ。エマールの詰め替え用を買おうと思ったのだが、480mlで198円。安くはないけどドラッグストアの平均的値段だ。定価よりは安いけれど、底値というわけではない。さて買おうと思ったら隣には本体が198円で売られている。今月の目玉らしくて確かに安い。しかも容量が500ml。こちらの方がお得ではないか!!さてこちらを買おうと思ったけれどなんだか納得できない。省資源、ゴミ減量のために詰め替え用を買おうと思ったのにそちらが割高なんて。

 ちょっと複雑な気分になっているとその隣にはナショナルブランドではないおしゃれ着洗いがあった。値段は138円。おお、と思ってエマールと成分を比べてみるとほとんど同じ。主成分である界面活性剤はポリオキシエチレンアルキルエーテルでまったく同じ。使用量もほぼ同じ。これぞまさに廉価版。ということでこちらを購入。エマールのボトルは洗って再利用することししよう。

今聴いているのは、書上奈朋子 [della copla mia]

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January 29, 2005

ドビュッシー、安らかに眠れ

エンマに
1915年12月6日

 もっとも単純な出来事すら、それが何を準備しているのか、けっして分かりはしないのだから、僕はもう一度これを最後に、僕の愛情のすべてを、そして、もし何らかの事故によって、君が現在も未来も同様に幸せであるために、僕がやり遂げたいと思っていることが成就しなかったら、僕がどれほど辛い思いをするか、ということを君に言っておきたい。

 そして君、いつまでも僕の可愛い人でありつづける人よ、どうか、僕たちの小さなシュシュの中にいる僕を愛してくれ・・・・・・。君たち二人だけのために、私は断じてこの世を去りたくない。
 君の夫

C・D
スクワル・デュ・ボワ・ド・ブローニュ、24番地 12月6日、午後11時

 ドビュッシーが死んだのは1918年3月25日。これはその2年ほど前、手術を受ける直前に妻に送った手紙なのだが、もう完全に遺書である。書簡集には本物の遺書はなかったけれど、この時点で一度死を覚悟したのだろう。シュシュは彼の愛娘の愛称。「シュシュの中にいる僕を愛してくれ・・・・・・」とはとても印象的な言葉である。

 昨日、ニュースを見たら広島交響楽団が音楽を体で感じるという子供向けプログラムの演奏会の様子を放送していた。使われている曲がドビュッシーの「海」だったので思わず画面に目が行ったのだが、なんだかなあ。手をひらひらさせる様子はタコやイソギンチャクのようだったし、他の子供の動きにシンクロさせようとしているのもわかってちょっと興ざめ。客席に座ったままmでタコ踊りしている子供、不思議な顏半分、楽しげな顏半分だった。妙なことをさせるくらいなら、演奏中の舞台に子供を入れてあげればいいのに。

 それにしても海はいい曲だ。弦楽器は弾いてもあまりおもしろくないかもしれないけれど、フルートをはじめとして木管はその力量が試されるだろう。規則正しいけれど、同じではない波の様子や光によって色や表情を変えていく海の様子を思い浮かべる。ドビュッシーの海に対する憧れは強く、それがこの曲に結晶したのだろう。デュラン社からでた海のスコアの表紙が葛飾北斎の冨嶽三十六景「神奈川沖浪裏」であることは結構有名である。

 持っているのはコンセルトヘボウ、ハイティンクのCDなんだけれどかなりの名演です。

今聴いているのは、クロード ドビュッシー
交響詩 海
1 海の夜明けから真昼まで
2 波の戯れ
3 風と海との対話

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Four-Calendar Cafe

 ふと2005年のカレンダーを買っていないことを思い出した。壁に自作のカレンダーを張っていたから気がつかなかったのだが、街にカレンダーはもうないかもしれない。というわけで12月に作ったFour-Calandar Cafeのカレンダーを再度編集しました。2005年の8月まで作りました。サムネイルをクリックすると大きな画像が開きます。4ヶ月分をA4ペーパーで印刷するように設定してあります。フォト用紙で印刷するとなかなかのでき。何度もチェックしたので休日に間違いはないはず!!
ファイルのダウンロードはこちら。(エクセル)

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January 28, 2005

ドビュッシーの室内楽

 ドビュッシーの音楽といってまず思い浮かぶのはピアノ曲だろう。「前奏曲集」や、「ベルガマスク組曲」、「アラベスク」だろうか。その次に有名なのはオーケストラ曲だろう。「牧神の午後への前奏曲」や「夜想曲」、「海」は聴いたことがある人も多いと思う。

 個人的に好きなのは室内楽である。ピアノも室内楽だけれど、それ以外のドビュッシーの室内楽はもっと評価されても良い。「弦楽四重奏曲」、「チェロソナタ」、「ヴァイオリンソナタ」、「フルートとビオラとハープのソナタ」、「シランクス」、「ピアノトリオ」などの室内楽をはじめとして、「ビリティスの歌」、「リア王」、「放蕩息子」など朗読や歌の入った曲もある。「ペレアスとメリザンド」や「遊戯」のような歌劇もあるしほんとに音楽の種類が豊富。

 同じ時代を生きたラヴェルも曲の種類が豊富でおもしろい。ピアノ曲も多いしオケの曲も多い。それにラヴェルは歌曲だって作っている。CDでもカップリングされていることが多いので聴く機会も多いでしょう。書簡集を読む限り、ドビュッシーはラヴェルのことを「才能はあるけれど奇術師のような音楽。1度は人を驚かせるけれど2度目は驚かない」と評しているのも興味深い。

 ドビュッシーのピアノトリオは学生時代の習作なのでお薦めしないけれど、3つあるソナタや弦楽四重奏曲はお薦めです。ビリティスの歌とシランクスは異世界へ連れて行かれそうな雰囲気がある。

 ついに書簡集を読み終わってしまった。

今聴いているのは、Claude Debussy [La Mer]

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January 27, 2005

100円のUSB

 以前使っていたデジカメは落ちたひょうしに壊れた。どうやらそのカメラは再起不能になりそうなので、母が使っていたデジカメをくれた。それはキヤノンの2メガピクセルのデジカメ。そのためメディアがスマートメディアからコンパクトフラッシュ(CF)に変わった。メディアといったら今ではSDカード。それに続いてコンパクトフラッシュ。メモリースティックはさすがに残っているけれどスマートメディアは消えてゆく運命。

 パソコンとCFをつなぐのはUSB接続の外付けリーダーなのだが、父はこれをくれる時に「接続した状態で電源を落とすとPCがクラッシュする」と注意してくれた。事実、実家のPCはそのおかげでOSの再インストールをするはめとなったので、いざ自分のPCにつなぐのもドキドキだった。最新のドライバをインストールして、USBでつなぐとやや挙動があやしいが普通に使える。慣れて接続したまま電源を切ってもクラッシュはしなかった。ホッと一安心。しかし、エクスプローラでリーダーを参照すると、エクスプローラは3回ほど異常終了してしまう。

 エクスプローラはOSと密接に関連しているアプリなので強制終了はよろしくない。使わない時はリーダーをはずせばよいのだがUSB端子がPCの後ろについているので、いちいち面倒である。こんな時にいいものを発見した。それはダイソーでUSBの延長コードを見つけたのだ。もちろん100円で長さは1メートル。USB2.0にも対応しているなかなかのやつ。使い勝手はどうだろう?と思ったけれど普通に使える。ダイソー、ちょっと信頼していなかったから素直にうれしい。

 CDやDVDを入れるファイルを買いにいったついでだけれどいいものを発見した。オスメス、オスオス、メスメスの各種があってかなりイケテいるんじゃないかな。カテゴリー5のLANケーブルも100円で売っていた。200円、300円のもあってそちらは長くなる。うーんPCのケーブルもいつのまにか100円か。

今読んでいるのは、R A ハインライン [夏への扉]

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January 26, 2005

ああ、ドビュッシーが死んでしまう

 時は1915年。ドビュッシー最後の曲となる「ヴァイオリン(とピアノのための)ソナタ」の作曲を終えてしまった。3楽章に手直しが入るので完成は2年後の1917年になるのだが。友へ宛てた手紙でも体調不良を訴えている。これこそが彼の命を奪う癌の兆候なのだが。

 今読んでいるのはドビュッシーの書簡集。ドビュッシーが知り合いに宛てた手紙で構成されているので、話がわかりにくいのだが2人目の妻と結婚し、それが原因で友達が入れ替わってしまうあたりからおもしろい。ドビュッシー、名声は得ていたが不遇の生涯だったようだ。今読んでいるのは1915年9月のデュランへ宛てた手紙。デュランとはそう、スコアの版権をもっていたジャック デュラン。娘のエマも10歳となり、ドビュッシーは彼女にも手紙を送り始める。「天才チェルニーはどうしている?」なんて書いてあるし。おもしろくなってきたのだが、残りのページがいかにも少ない。戦争も始まってしまったし。あと2年、彼はどのようにして生きていくのだろう。

今読んでいるのは、フランソワ リシュール編 [ドビュッシー書簡集]
今聴いているのは、ドビュッシー [ヴァイオリンソナタ]

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January 25, 2005

帰納と演繹

 自然は計算によってではなく無限小時間の中で無限回の修正を繰り返して帰納的にことを決めてゆく。法則から計算で演繹的に解に至る方法では届かないことが少なくない。

 池澤 夏樹 「やがてヒトに与えられた時がみちて・・・・・・」p41より

 数学というと日常生活では役にたたない学問の代表といわれがちだが、そうは思わない。本当に役にたたないのは道徳だろう。四則演算をはじめ、割合、二元一次方程式、三角関数、確率、積分、幾何など算数や数学は日常生活にあふれている。

 高校時代に数学の証明問題で演繹法と帰納法を習った。演繹は一般的、普遍的命題の答えから個別的、特殊的命題の答えを導き出すことであり、帰納法はその逆。演繹法はスマートな感じがするし証明も簡単。公式や定理をあてはめるだけだから。一方で帰納法はいわば確率の問題に行き着くのでなんだかなあと思った記憶がある。

 しかし冒頭に挙げた池澤夏樹の文のように自然はいつでも帰納的。後ろには演繹的法則が隠れているのだろうけれど、環境変数は常に変化して同じ条件は二度と起こらないのでど、んな時でも帰納的なのである。天気予報なんてその最たるものだろう。これを知っていれば天気予報が外れても腹は立たない。慣れ親しんだ土地では自分で変化を予測した方が精度が高いこともしばしば。

 なるほど、実生活では演繹法だけでなく帰納法も有用だ。経験則っていうのも帰納法の代表ですね。

今日読み終わったのは、池澤 夏樹 [やがてヒトに与えられた時が満ちて・・・・・・]

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January 24, 2005

冬のピーマン

 ふと、たいして考えもせずにピーマンを買った。なにしろ一袋58円で安かったので。パスタにでも入れようと思ったのだが料理した時に、生でひとかけら食べてあまりに味がないのが残念だった。いい色していたし宮崎産だったし、なによりも青臭いものを食べたかったのでちょっとショック。冬にトマトを買うことはないけれど、これからはピーマンも買うのをやめよう。ブロッコリーを買えばよかった。

 ピーマンもトマトも夏野菜。冬においしかろうはずがない。ピーマンの形をしているが、それを構成しているのは水のみという味だった。冬の野菜といえば白菜、ほうれん草、ブロッコリーに大根。夏よりもバリエーションは豊かなような気がするな。冬は野菜がおいしい。

今読んでいるのは、島田 雅彦 [溺れる市民]

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January 23, 2005

2005年のBSEとvCJDと輸入牛肉

 「食のリスクを問いなおす―BSEパニックの真実」著者は池田正行。かなりおもしろい本だった。発行が2002年なのでアメリカの牛肉の危険性に関してはあまり言及されていないが、BSEがどういう病気で、vCJDとはどういう病気なのか、どのような影響があるのかを知ることができる。

 BSEとは狂牛病のことで、牛の病気。BSEにかかった牛の特定部位(脳、眼、脊髄、腸の一部)に異常プリオンが蓄積される。この異常プリオンを人間が摂取するとvCJDを発病する可能性がある。プリオンとはタンパク質のことで、異常プリオンは正常プリオンにドミノ倒し的に影響を与える。異常プリオンだけ、正常プリオンだけならば変化は起きないのだが、異常プリオンと正常プリオンが同時に存在すると正常プリオンが異常プリオンになる。するとvCJDを発病するわけである。vCJDは日本では非常に稀な病気でまだ発症者はいない。BSE対策がとられた現在、患者数が増えるとは考えられておらず予想では0.004~0.06人。発症者は0人だろうというのが正しいようだ。

 というわけで日本ではvCJDは怖い病気ではない。それよりもノロウイルスに気をつけた方がよほど合理的なのは間違いない。BSE対策は今でも続けられているし唯一危険なアメリカ牛肉も輸入されていない。しかし、2005年に起こるであろう出来事には「アメリカ牛肉の輸入解禁」がある。ブッシュが再選したし、ポチ小泉としては政治的解決といって解禁に踏み切ることが予想される。

 ここで興味深いのはアメリカの牛肉が国産牛肉に比べてはるかに危険であること。全頭検査は行われておらず、月齢管理もされていない。このUSビーフとJPビーフが同列に扱われるのだろうか。JPビーフ並みの管理検査をアメリカに押し付けるのは無理なので、どのように政治的解決が計られるか非常に興味深い。どうなるんだろう?スーパーの店頭では総スカンを喰らうけど、外食産業ではもてはやされるのだろうか?

 一方で日本の検査体制も過剰で税金の無駄遣いである。トレーサビリティや過剰な全頭検査は税金の無駄遣いである。日本人はゼロリスクが大好きでわずかでもリスクが減少できるなら、そうしたがるのだが若月齢の牛を検査したところで実質的には無意味である。

 さてさてこれからどうなるのだろう?輸入が解禁になった時にマスコミはうれしそうに牛丼を食べる人の姿を流すことは容易に想像できる。さて、実際はどのようになるのだろう?ま、USビーフがそれほど危険だとも思わないけれどね。

今日読み終わったのは、ジャック ロンドン [荒野の呼び声]

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January 22, 2005

秘密は秘密のままで

 ずいぶん昔にわかぎえふという人の本を読んだ。「わかぎえふ」は中島らもの元マネージャであり、劇団リリパットアーミーの主宰の一人である。ふと図書館のマ行、ワ行をながめているとある本が目に入った。それは「女体の神秘」という本だった。タイトルはエロイけれど表紙はエロイという感じではなく、バカっぽい感じ。こういう本は男は読まないほうがいいのかもしれないと思ったのだが、思わず手にとり、思わず読んでしまった。うーんそうだったのかというのが素直な感想だけれど、ちょっとブルーになってしまったのも素直な感想。ま、事実なのでしょうがないのだけれど。

 もう1つ知った秘密はブーツについて。今でこそブーツは冬の定番アイテムだけれども5年ほど前までは選ばれた者のみがはくことができるものだった。そう、足がそこそこ細くないとブーツは履けなかったのだ。少なくとも大学時代にはそういう制度だった。しかし数年前から、ブーツには足のサイズとは別に胴回りというかふくらはぎのサイズも表示されるようになっていた。これによりブーツは万人のアイテムとなったわけだが、水着売り場と同様にブーツ売り場にもサイズによるヒエラルキーが生まれたと思う。

今聴いているのは、フォーレ[ピアノトリオ]

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ジェラテリア パンチエーラ

 僕はアイスが好きだということは有名なのだが実はジェラートの方がもっと好き。アイスほど硬くなく、ソフトクリームほど軟弱じゃないあのとんがり。スプーンで食べると口も汚れないというオシャレなやつ。でもジェラートって売っている場所が限られるから食べたい時に食べられない。好きだけどたくさん食べ比べしているわけではない。けれどけれどうまいとまずいはよく分かる。

 一番美味しかったのは地元浜松にあるローカルデパート、遠鉄百貨店の地下。「ジェラテリア パンチエーラ」。初めて食べたのがここで、ここの味が基準となるのだが今までパンチエーラよりも美味しいのに出会ったことがない。かなり美味しいと思います。お薦めはパンナ(クリーム)と雪塩(塩味)をダブルで食べる。ありえん旨さ。パンナの濃厚さと塩のさっぱり感がたまらない。浜松を訪れた際はぜひご賞味あれ。遠鉄百貨店は浜松駅すぐ。

 かなり美味しかったのが、しまなみ街道のどこかの島(多分生口島)にある「ドルチェ」という店。そのお店で作られており乳化剤などは一切不使用。だから溶けるのがはやい。僕は溶ける速度が速いのは冷やし足りないのでは?と思ったけれど、トイレに「乳化剤を使っていないので溶けやすいです」と書いてあった。ここでは赤穂の塩を食べた。そしてそれ以来、塩アイスにはまっているのです。

 一方いまいち美味しくないのは広島駅前の福屋デパートにあるフードコートのジェラート屋。眺めはいいんだけれどおいしくなーい。なめらかさと濃厚さがまったく足りず、食べるたびに不満を覚える。

今読んでいるのは、米本 和広 [洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇]

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January 21, 2005

進化 その向かう先 携帯

 最近、携帯電話の機種変更を行った。携帯は喋れて、メールができて、ネットができて、安ければいいという考えなので最新機種ではなく、廃盤スレスレの機種となった。第三世代化がもっとも送れているVodafoneでは3Gに乗り換える意味は極めて薄い。3Gの利点としては海外でもつかえる、音声通話の品質アップ、パケット通信速度の向上が挙げられる。海外ローミング以外は新しいサービスではなくて、単なる改良。料金アップしてまで乗り換える利点は薄い。

 というわけで第2世代、消え行くPDCの端末となった。webの速度が遅いのは数秒の我慢が必要なだけだ。1kバイトで2円は3Gと比べて3割ほど高いが基本料金の安さで元が取れているし、乗換え案内くらいしか使わないから問題なし。Vodafoneは3Gに力を入れているので、第二世代の端末は品薄となっていた。消去法で決めたシャープの端末はなんとテレビとFMラジオが付いている。おまえは携帯電話だろ?といいたくなるけどテレビである。画面は小さいしアンテナもしょぼいけれど条件によってはかなり綺麗に写る。布団の中でこっそり見るのにもってこい。こっそりひらめっ娘学園でも見るとしよう。もうひとつ新しい機能は2次元バーコードのQRコードが使えるようになったこと。ただし、携帯でネットはあまりしないから利便性は低い。楽しいからおもわず読み込んでしまうのだけれど。

 さて、携帯はこのところ脱携帯を目指している。いや、携帯されるのだから携帯という言葉どおりの家電になっているのか。脱携帯電話。家電にケータイという新しいカテゴリーを作ったほうがよいのかも。ケータイに組み込めるのは電話、メール、ネットなどの主機能に加えてデジカメ、音楽プレイヤ、テレビ、ラジオ、電子マネー、ボイスメモ、フラッシュメモリ、GPSなどの機能を組み合わせて製品となる。これらの機能は既に実装されており、電話よりもメールやデジカメの方が利用頻度の高い人もいるだろう。もはや携帯電話ではなくてケータイであった。

 これは大きな進歩だと思うけれど、そのために液晶がでかくなり、バッテリもでかくなった。テレビなどをつけたら通話品質が下がるかもしれない。重く、電池の持ちの悪くなったケータイは携帯という意味では違う方向に進化している。さて、第三世代ではそれほど驚くような進化はないけれどケータイはどのような進化を遂げるのだろうか。

今聴いているのは、イタリア民謡[帰れソレントへ]

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January 20, 2005

犯罪被害者に同情しないわけではないが犯罪者を擁護してみる

 小林薫、犯罪者面だなとつくづく思う。テレビで放映される犯罪者の顔で犯罪者面をしていなかったことはない。いつ犯罪者面が形成されるのだろうか?人間はその素質を内包しているのだろうか。

 憲法には人権について書かれている。有名な第11条。ただし注意しなくてはならないのは、憲法とは国家権力の暴走を縛るための国民に対する契約なのである。だからこの人権も国家が国民にひどいことは致しませんという内容なのである。このことを知っているとわかりやすい。

 それは犯罪者と犯罪被害者の人権について。裁判で考慮され、守られるのは主に犯罪者の人権であって、犯罪被害者の人権ではない。この罪ならば償いはこの程度。ひどいことをやったら無期懲役や死刑と言った判決も憲法と犯罪者の人権の間でゆり動きながら決定される。小学生が小学生を殺しても守られるのは殺した方の人権。殺した方は住所、氏名、顔写真ともに守られる一方で被害者には考慮されていない。こんな時に、犯罪被害者の人権はどうなっているのだ?という議論はわかりやすく、共感も覚える。

 憲法を改正するのは難しいから、あるいは被害者の人権は憲法が扱う範疇ではないといった理由から法律の改正があるかもしれない。被害者はいつでも報われないのだが、奈良県の事件のようにいたたまれないことが多くて困惑してしまう。

今読んでいるのは、米本 和広[洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇]

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January 19, 2005

犯罪を擁護するわけではないが犯罪者を擁護してみる

 年頭から日本をにぎわせた偽札騒動。年始のドサクサで使おうと計画をしていたのだろう。カラーコピーを応用したものなのだろうか、見た目はそっくりだけれど透かしがなかったり手触りがいまいちだったりしたらしい。出店などで忙しかったら手触りまで確認しないだろうし季節柄手袋をしている人も多かったということだ。

 ニュースでは「こんなテキヤを狙って、かわいそうだと思わないのか」といいたげな映像が流れていた。被害者は何の補償も受けられないからかわいそうだけれど、だからといって犯人が偽札を銀行に持っていくわけはない。犯罪は常にカモられやすいところが狙われるのだから。

 同じようにひったくりも老人や若い女性がターゲットとなっているが、弱者を狙って!ということを暗に意図しているニュースもある。誰も若い男や柔道部員を狙ったりしないだろう。

 また同じように街頭でのアンケートやキャッチセールスなんかも顔で判断して寄ってくる。群集にまぎれていながらも彼らはカモ顔を見分けて近づいてくるわけだ。それは当然。彼らは犯罪者ではないけれど、効率良く仕事をするために自然とそうなるのだ。私はそんな人たちにとってカモ顔に見えるようで、かなりの割合で近寄ってくる。「あのー」と声をかけられても、振り向かない、聞かない、見えないふりをすれば素通りなのだが、相手が近づく前に早足で歩くという予防措置をとるのも有効。そう簡単にカモられるわけにはいきません。

今聴いているのは、オルフ[カルミナ ブラーナ]

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January 18, 2005

Ask Me Why

愛しているよ。だって君って人は知りたいことをいってくれるから。
ほんとだよ、そのことはすぐにわかるさ。
そう、知っているんだ、ぜったいぜったいぜったいブルーにならないって。

君は今僕のもの。幸せすぎて泣けてくる。
僕が泣いていても、やがて理由がわかるだろう。
悲しいからじゃなくて、君が一番の人だから。

こんなとが起こるなんて、信じられない。
悲劇なんて、存在しないと思ってしまうよ。

僕に聞いてみてよ、君を愛してるっていうから。
そしていつでも君のことを考えているから。


これはthe Beatlesの「Ask Me Why」という曲。デビューアルバムである「Please Please Me」に納められている。当時のthe Beatlesはアイドルバンドという位置付けだけれど歌がうまくメロディが(当時としては)新鮮だった。
そしてこの曲。強烈なラブソングに世の女の子はメロメロになってしまったのだろう。多くの曲が2分程度だし、ラブソングと失恋ソングが程よく混ざっていて心地よい。歌っても楽しいアルバムです。

今聴いているのは、the Beatles [Do you know a secret]

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January 17, 2005

いつ揺れるかは、わかりません

 地震というか自然災害に関して予知をするのは非常に困難である。それは天気予報がなかなか当たらないという事実から容易に推測できる。天気予報の降水確率とは、過去に似たような気圧配置、天気概況の時にどれくらいの割合で降雨があったかに基づいている。データがたまるほど正確になっていくが積極的な予知ではないし天気予報官の主観もあるからなかなか難しいだろう。

 地震を予知するのはかなり難しいようで、基本的には発生してからいかに早く警報を出し対策をすることができるかが重要だろう。海岸付近では津波の危険性があるが、地震発生から15分で津波が来た場合、どれほどの人が非難できるか疑問である。どこでどんな自然災害が起こるかなんてわからないから、常に少しは覚悟をしておく必要があると思う。

 実家のある静岡県は今後数十年以内に大地震が起こるといわれている。浜松市のサイトには被害予想地図や自主防災方法などが載っており読む価値は十分にある。学校や職場などからどうやって家に帰るのか、どこに集合するのかなどは考えておくべきことのようだ。

 地震発生後、携帯電話のパケット通信は比較的早く利用可能になるらしい。一般電話、携帯での音声通話は発着制限がかけられるのが常だが、新潟の地震ではパケット制限は行われなかったのだと。ということで家族向けにメーリングリストと携帯で使える掲示板を用意した。地震の発生が十年以上先ならば無駄に終わるだろうけど明日地震が起きた場合には役に立つかもしれない。

10年前の犠牲者のために、フォーレ [レクイエム]

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ニュースの言葉

 北朝鮮の貨物船が石川県沖で定置網に絡まってしまった。このニュースをNHKは「定置網にかかった」と表現していたのがわざとらしくて笑えた。新聞社のサイトは「絡まった」と表記。

 NHKの北朝鮮バッシングも本気になってきたということか。その前にNHKの将軍様は辞任しないのだろうか。

Posted by hidk at 12:14 AM | Comments (0) | TrackBack (1)

January 16, 2005

エントロピーの増大

 高校時代、生物の授業中に先生が「人間の基礎代謝は1400kcalであり、エネルギー効率は約40%。これは火力発電所のエネルギー効率とほぼ同じだ」と教えてくれた。人間の体のエネルギー効率が40%程度なのか確認していないけれど火力発電所のエネルギー効率は約40%らしいのでこの教えは間違っていないかもしれない。

 エネルギー効率とはつまり摂取した総カロリーのうちどれくらいを利用できたかということ。利用できなかった分はお尻から出たり熱として無駄に消費されたのでしょう。火力発電所は成熟した技術であり、かなりエネルギー効率が高い。大規模に運用することによってようやく人間と同じ40%程度のエネルギー効率にたどり着いたことを考えれば、生体は長い年月をかけて洗練されてきたのがよくわかる。もっとも最近では家庭用のコジェネレーションを利用すれば80%程度のエネルギー効率を達成している。これはガスエンジン発電方式によるコ・ジェネレーションなのだが、ガスで発電用のエンジンを回し、廃熱を利用して温水を得るというもの。ガスのもつエネルギーの25~30%が電気として得られ、廃熱の50~55%を利用できるようである。すごい効率なのだが欠点があって、たくさんの湯や熱を使う施設でないとメリットがいかせないという点。だからコンビニでは使えないけど、ファーストフードの店では利用価値があるようだ。

 発電所は電気の消費地から離れたところにあり、送電する際にもロスがあるようなので原料のまま電気の消費場所まで送れるガス コ・ジェネは魅力的だと思う。一方で電力会社もエコキュートというヒートポンプを使った熱供給システムを提供している。CO2を使って空気中の熱を利用するのだが、電気代は普通の電気湯沸し機に比べて3割程度に抑えられるのだと。

 ガス コ・ジェネは一般家庭向けの小型化が難しく、エコキュートは本体価格が高い、発電所から脱却できないという理由もあり決定的な技術となっていない。もしガスか電気で発電や発熱に関する技術が成熟すれば、どちらかの需要が激変する可能性もあるので非常に興味深い。ただし、エネルギー源として万能の電気に依存する社会は変化しないと思うので、どこで発電するか、何を使って発電するかという点に競争の焦点はあたっている。そう考えるとガス会社としてはガスで発電するようになれば将来は安泰であるが、家庭レベルで需要分の発電が可能になると、現在家庭用の発電システムを提供していない電力会社は苦しいかもしれない。まさに熱い戦い。

 電気と環境に関するテクノロジーはこれからもトレンドでありつづけるのでたまに思いをはせるのはおもしろい。とりあえず、今夜使うお湯がどのように沸かされているか知るだけでも発見は多い。

今読んでいるのは、[新しい携帯電話のマニュアル]

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January 14, 2005

嫌いではないが好きでないもの

 嫌いではないけれど、決して好きではないものがちょっとある。自分から選択をすることはないだろうけれど、人からすすめられた時に断るほど嫌いでもないというもの。

 例えばミカン。オレンジなど他の柑橘類は好きなのだがミカンは好きではない。年間消費量も例年3個くらい。味に当たり外れがあるのが好きでない理由だろうか。

 例えばスキヤキ。豪華な鍋の代表格のスキヤキも好きではない。牛肉がまずあまり好きでないし、甘い牛肉にも違和感を感じる。そして生卵。非常に違和感を感じる料理だ。次の日のうどんは好きなのだが。

 例えば餅。元日は雑煮を食べるが、2日からはパン。大福や団子などの餅は好きなのだが雑煮や磯辺焼といったのし餅が好きではない。食べにくいのが好きでない理由だろうか。年間消費量は3個かな。

 例えばガム。電車の中でおっさんの噛むブルーベリーガムの匂いをかいでからというもの、ガムをすっかり嫌いになってしまった。人にすすめられたら食べるだろうけど。それ以来、ガムは一度も口にしていない。

一方で自ら選択することはないだろうものも存在する。

 例えばトレンチコート。カーディガンも似合わない自信があるのだがトレンチコートはもっと似合わないだろう。トレンチコートはもともと軍服で肩にあるストラップは銃をつけるためということを知っては着る気が起こらない。

 例えばローファー。あるいはモカシン。なんとも中途半端なあの靴。男向けの靴とは思えない。どうしても女子高生の指定靴のように思えてしょうがないのだ。

 というわけで僕にミカンをすすめないでください。

今聴いているのは、ラヴェル[亡き王女の為のパヴァーヌ]

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January 13, 2005

バグ報告

 年末年始に発生したサーバ障害も一時停電が理由でハード、データともに損傷なくリブートでめでたく復活しました。

 一方でしばらく前に、このBlogに不具合があることが判明。発生条件はSleipnirというタブブラウザを利用した場合。ウィンドウサイズを変更するとエラーが発生し、Sleipnirが強制終了してしまう。しばらく前につけたTrack Backを表示するタグとSleipnirの相性が良くないようで発生するようです。これはBlogのバグというよりもSleipnirのバグのような気がするので対策をする予定はありません。Sleipnir利用者には不便をかけますが、サイズを変更しないでブラウズしてください。
ちなみに、IE6、DonutsRAPT、Firefox、Mozilla、Netscapeでは発生しませんでした。

Posted by hidk at 09:50 PM | Comments (2) | TrackBack (0)

ウイルス

 ノロウイルスが流行している。主に老人向け養護施設での感染なので普通の健康な人は大丈夫なのかな?と思っていたら職員にも死者が出ているように抵抗力があるからと過信はできない。そもそもノロウイルスは牡蠣などの2枚貝の食中毒の原因となるのだから普通の人にも十分感染するわけだ。

 ウイルスというのは生物はない。非生物なのだけれどDNAかRNAを持っている。けれど代謝は行っていない。だから生物でもないし、非生物でもないというやっかいな構造体。インフルエンザ、風邪、AIDSなどウイルスによって引き起こされる疾病には有効な治療法がなく、インフルエンザのようにワクチンを使うか感染を予防することが有効なのである。医学が進化したとはいえ、風邪はまだまだ対処療法しかないのだからね。

 さてさて、空気が乾燥してくるとインフルエンザの季節です。人間のインフルエンザにはタミフルという薬が開発されている。これもウイルスを直接不活性化させるわけではなく、他の細胞への感染を阻害するのが効力。だから発症後48時間以内に服用する必要があるのです。強い悪寒や関節の痛みがあったら病院へ行った方が無難でしょう。

今聴いているのは、gontiti [Sound Of Music]

Posted by hidk at 09:47 PM | Comments (0) | TrackBack (9)

January 11, 2005

モザイク

 成人の日の恒例ニュースとなったのは「荒れる成人式」。オーケストラや保護者出席、小学生の合唱団を参加させるなど荒れないためにホント苦労をしているようだ。自分の時のことを考えると、式場には行きながらホールに入らずエントランスで友達と延々としゃべっていた記憶があるから騒ぐことはなかったけれど行儀がいいとはいえないな。

 さて、成人式のニュースでは晴れ着やスーツを着た普通の成人の姿を映す一方で白い袴を着て一斗樽で一気飲みをしている間抜けな姿には画面全体にモザイクがかけられていた。間抜けな姿なので公共放送にはふさわしくないと考えたのだろうか?要らないお世話だけれど。なんのためにテレビ局がモザイクをかけているのか考えると、テレビ局も間抜けなのかもしれない。モザイクをかけるくらいならばそんなニュースを扱わなければ良いのに。

 西宮神社の福男レースで同僚に他者を妨害してもらって一番福となったニュースにも走者の顔にモザイクがかけられていた。これもまた間抜けなニュースで去年に続いて今年もニュースにのぼってしまった。ある放送局ではモザイクなしで放送していたけれど、間抜けなことにもモザイクをかけるようになったのかな。

 スマトラ島沖地震の映像にもモザイクがかけられていた。死体にかけられていた。

今読んでいるのは、オスカー ワイルド [ドリアングレイの肖像]

Posted by hidk at 06:42 PM | Comments (0) | TrackBack (0)

January 10, 2005

CDの置き場所

 CDを置く場所がなくなってきたので、たいして欲しくないCDを衝動的に買うのは控えている。レコードやLDと比べるとずいぶんと省スペースなのだが、200枚以上を超えると結構なスペースをとる。どうしたものか。

 PCでiTunesなどを使ってmp3で保存するというのはまこと便利。携帯用のCDプレイヤでも聞くことができるし、HDDは将来も値上がりすることはまずないだろうから容量的にも安心できる。手持ちのCDをすべてPCに保存して、CDを処分するというのはまだまだ現実的ではないけれどいずれはそうなるのだろうか。

 もう少しmp3が普及すれば現実的になるかな。音質の問題もあるかな。

今聴いているのは、ラヴェル [弦楽四重奏曲]

Posted by hidk at 08:15 PM | Comments (4) | TrackBack (8)

January 09, 2005

blog 復活

 サーバの復旧によってblogとBBSが復活いたしました。oneway ticketに書いた分はぼちぼちアップしていく予定です。


 今読んでいる、「ドリアン グレイの肖像」という本がおもしろくなってきた。この本には布製のカバーをかけてあるので、家で読むよりも外出中に読む本としている。そのため読むスピードが非常に遅いのだが内容がおもしろくなってきたのでおもわず読んでしまう。ドリアン グレイは美貌を持つ青年でそれゆえ社交界でも引く手あまたなのだが、ふとした拍子に、老いることや醜くなることに気がついてしまう。そんなとき、ドリアン グレイは自分の肖像がを前に行動をとるのだが・・・・

 さて、新春の和菓子の花びら餅はほんとにおいしいですね。甘さと味噌餡の塩味が絶妙です。

今聞いているのは、ドビュッシー [ラ メール]

Posted by hidk at 11:20 PM | Comments (0) | TrackBack (1)

January 08, 2005

無伴奏

J.S.Bachはほんとに天才だ。
今まで無伴奏パルティータ2番のシャコンヌはクレーメルの演奏しか聴いたことが無かった。クレーメルがどのような人かは知らぬまま聴いたのだけれど、知識が無くてもガンガン弾くタイプであるのがよくわかった。

つい先日、ハイフェッツのシャコンヌを手に入れた。モノラル録音なのだけれど、かなりいい。クレーメルの演奏で不満は無かったけれど、ハイフェッツの演奏はお気に入りになる勢いだ。
決して飾りすぎず、しかし鋭さは持っている。なおかつ音にはやわらかさがあって・・・。

シャコンヌの譜面をみながら聴いたりすると、解釈の余地がたくさんある曲だとわかる。
それにしてもバッハはすごいよな。8分音符の平均律でありながら強い個性があるのだから。

今読んでいるのは、オスカー ワイルド[ドリアン グレイの肖像]

Posted by hidk at 01:56 AM | Comments (0) | TrackBack (2)