本を読んでいてこんなに絶望したのは久しぶり。何時以来だろうか?
読んだのはTOPページに掲載中のJean Jacques Rousseauの「言語起源論」。
ルソーは18世紀後半に生きていたフランスの思想家。社会契約論の方が有名だろうか。
ルソーの時代から200年以上たった現代、ルソーの言葉はどこまで人間の中に刻まれている
だろうか?それを考えると、うっ絶望してしまった。
人類は常に進歩していると考えるのは間違いのようだ。名作古典としてルソーはゆるぎない
地位を持っているのはその著作に触れたこともない人だって知っている。しかし、本は
書庫にしまわれ書かれている文字に触れる機会はまことに少ない。
人は死ぬ時リセットされて、生まれたときはゼロから始まる。このリセットとゼロをつなぐ
のが今生きている人達なわけだが受け継がれないものが多そうだ。
今読んでいるのは、ルソー[言語起源論]
正月に兄の妻から絶対音感と相対音感ってどう違うの?と聞かれて
いまいちきちんと説明できなかった。
相対音感は自分が出している音と他人が出している音の差を感じるられる
能力で、絶対音感は音そのものを聞き分けられる能力だといったのだけれど
自分でもいい説明だとは思えない。
子供の時からの音楽教育がないと絶対音感(絶対音感の定義もいくつかあるようだが)
はつかないというし。僕の場合、大学時代にオケで養われたのは相対音感だろう。
ちょっと前に面白い話を聞いた。それが答えの助けになるはず。
その話とは合唱。声というのはもっとも身近な楽器でありとても興味深い。
合唱の場合はピアノ伴奏とソプラノ、アルトなどいくつかのパートで構成
されている。コンクールの為に練習をしているときに、歌い手のテンションが
低いと音が段々と下がってくるのだという。逆に妙にテンションが高いと
歌声がこんどは高くなっていくのだという。
この音の変化は微妙で(多分半音以下だろうねえ)相対音感しかないと、
周りに流されて段々と高くなったり低くなったりしてしまうというのだった。
ほぼ全員の歌声が変化していくので気がつきにくいのだが、歌い手や指揮者に
絶対音感を持つ人がいると声が上ずったりするのがわかるのだという。
変化していく声の中で絶対音感を持つ人だけが「あー音が変わっていくー」って
分かる。そういう話だった。
今読んでいるのは、ルソー[言語起源論]
今回は買春という言葉を使わせてもらいます。最近では分けて使われるので。
かなり前、多分12月下旬の朝日新聞にタイの買春に関する記事が載っていた。
朝日新聞で記事が探せなかったのでMainichi INTERACTIVE アジアの目より。
けれど毎日新聞が買春ではなくて「売春」という言葉を使っていたのは意外だ。
何故いまさらボランティアの話をしたかというと、記憶が薄れてきたから。
忘れないためにもそして鮮明に思い出すためにも文にした。
総括といいながら今回は裏話。
このボランティアは基本的に無償(有償ボランティアというのもある)で、交通費が
発生する場合は相手が出してくれる。どのボランティアもチャリで行ったので
交通費はゼロ。ボランティア協会の人がボランティア保険というのに入れてくれた。
僕の負担はゼロ、あるいは50円払ったかもしれない。ボランティア中の事故、怪我を
保証してくれるというものだった。もちろん保険を使ったことはない。
しかしボランティアをしていていろいろなものをもらった。
一番初めのよし君ボランティアでは生まれて初めてお歳暮、お中元をもらってしまった。
何をもらったかいまいち覚えていないが初めてのことだったので記憶に残っている。
濡れおかきやシラス干しをもらったこともあった。
ストーブを出したときにはミカンを2つもらった。あまり知られていないが僕はミカンが
そんなに好きではないので、しばらく部屋に飾られていた(そして食べた)。
病院ボランティアの時はおやつのお裾分け。ヨーグルトやヤクルトなんかをよくもらった。
一度家に招待されたことがあったのだが、クラブの都合がつかずに行けなかった。
彼の母親にはずいぶんと気を使ってもらってうまれて初めてマツタケ(のおにぎり)を
もらったりもした。
どの人も大変に気を使ってもらってこちらも恐縮する。ボランティアとしてもらう人の
微妙な立場の差がある。志願してボランティアをしている以上、多すぎる気遣いは無用と
考えていたのだけれどもこれが人付き合いというものなのかも。
どうして障害を持つようになったのか?という話が必ずでるのだが2人とも先天的な
ものではなかった。ある人は妊娠中のクスリの副作用かもしれないと言い、もう一人は
生まれてすぐに罹った病気の薬の副作用だといった。
先天的な障害というのはそんなに多くないのかもしれないな。
母親は産んだ自分の責任を負っている雰囲気が感じられなんともつらい。
誰のせいでもない事は分かってはいるけれど、やはり小さい確率に自分の子供が
あてはまってしまうのは割り切れない思いなのだろう。
たまに諸連絡の為に家に電話することがあったのだけれど、父親が育児に参加している
気配が薄いと感じられた。母親は責任を感じ、父親は責任を放棄しているのだろうか?
電話した位で家庭内の立ち入ったことまでは分からないのだけれども、なんだか
ひっかかる事があるのも事実だった。
関西大学にもボランティアサークルがあり、そこは吹田市ボランティア協会とも
つながりがあるのだと。僕は始めから終わりまで個人で参加していたので
ボランティアの中でもちょっと異色だったようだ。多くの人がボランティアサークル
を通して参加しているようだった。個人参加だったため精神病院ボラでは越境ボラをした。
その病院があるのは江坂で吹田市なのだが彼の母親は豊中市に
住んでいたのでどちらの自治体がボランティアを仕切るかで微妙だったようだ。
吹田市と豊中市のボランティアが仲が悪いのではなくて、書類上どちらの管轄に
なるのかで市内完結型とは違った手順を取ったようだった。
本来は豊中市側なのだが病院は吹田だったので個人ボラの僕に話がきたのだろう。
僕の家から病院まではそんなに遠くなかったからね。
社会に矛盾点があるのは分かっていたし、弱者という立場も新聞程度の知識はあった。
けれど自分の身を置いてこそ分かるということがあまりにも多いのに驚いた。
知りすぎるということは諸刃の剣で人生にとって有用なことも多いのだが、
知らない方が楽に暮らすことができることもあるのであった。
僕はたいした決意も目的もなく、ただどういうものだろう?という好奇心で
ボランティアを始めたのだが、やはりそこには責任が発生し大学が春休みの時でも
小学校はあるのでうーんこれは誤算だと正直思った。
今読んでいるのは、ルソー[人間不平等起源論]
かなり便利そうなサイト。
本の検索ができるんだけれど、絶版や一点ものの貴重本まで検索できるようだ。
そればかりではなく、目次や帯の内容も見れる本があるという。
大学図書館、本の流通会社のデータベースを連結させているのだと。
書庫にあるような本が検索できるのはそれだけで面白そうだ。
今聴いているのは、ドビュッシー[月の光]
さいほさいとに桜餅のことが書いてあったので僕も。
僕は今までに道明寺の桜餅しか食べたことない。
そのことに気がついたのは吹田市豊津にあるばってんやの人に
話を聞いたとき。うちのは関西風で道明寺を使っています、といっていた。
で関東風の桜餅を調べてみるとこんな感じ。サイトはこちら
僕が最近発見した西広島の道楽屋のおっちゃんも親切な人で、
うちのは関西風、道明寺に漉し餡でまわりは牛脂でつつんである。
と説明してくれた。
今ふと書いていて牛脂なのか求肥なのかわからなくなった。求肥も和菓子の素材。
どちらなんだろう?
道楽屋で桜餅は1月2日から3月3日まで売り出すのだといっていた。
正月に家族でおいしい桜餅を食べるのっていいなーと思ってしまった。
この時、ショーケースには若草という草もちの他に梅、椿の菓子があって
まこと季節感が豊か。材料自体は年中同じことが多いといっていたが、夏は
羊羹や葛などの「流し物」が増えるとのこと。小倉わらび餅というのがあるらしく
かなりおいしそう。一度食べてみたいものだ。
僕はいつも桜の花が咲いた頃に「そうだ桜餅だ!!」と思い出していた。
でもそのころ和菓子屋の店頭では桜餅はなくなっている。だから食べ逃していた
ことが多かったのだ。
ほんと皆さん、季節のものは季節のうちに。
今読んでいるのは、スティーブン キング[グリーンマイル]
人間は不思議なもので、無駄、意味がない、不味いものにも手を出してしまう。
僕はエンゼルパイを買った。同じようなお菓子ならばぜったにロッテのチョコパイの
方が美味しい。大きな違いは中身がマシュマロかクリームかだけれど、チョコの質も
スポンジの味もチョコパイの方が断然美味しい。
ではなぜエンゼルパイを買ったか?
それは子供の時の記憶を思い出すため。チョコパイは高いお菓子でおやつでいつも
食べられるとは限らなかった。それに兄がチョコパイ好きなので油断していると
すぐになくなってしまう。チョコパイは貴重なおかしだったのだ。
初めてエンゼルパイを食べた時、それをチョコパイだと思って食べた。
クリームの色は同じなのになんだこの食感は!!
やられたーこれがエンゼルパイといわれるものか、と知った。
エンゼルパイはあまり売られておらず探し回ってしまった。
10個入りのお徳用ならよく見るけれど、10個も欲しくない。
近所のスーパーで2個入を発見して即購入。即食べた。
うーん、美味しくない(不味いってわけではないけれど)。これで数年は
エンゼルパイを食べなくて済みそうだ。
今読んでいるのは、ルソー[人間不平等起源論]
ボクハウケタヨ
テレビを見ていると緒川たまきがCMに出ている。
おー久しぶりにテレビで見たよーと思ってみているとFANCLのCM。
なにかをしゃべっているのだが
「何かがかわった。スキンケアを変えたら・・・」
みたいなことを言っている。
うん?しばらく前、桃井かおりの前にSK-ⅡのCMに緒川たまきが出ていたのに!
コレッテイホウ?
テレビでタバコのCMはできない。(広告規制が一段と強まるようだ。)
なのにJTのCMで「煙の少ないタバコを開発しています。巻紙が違うんです。」って
うれしそうに言っている。
そもそもJTはタバコという依存性があり禁断症状もある商品を販売していて倫理的に
問題ないのか?個人の自由なのか?その割りには今度改正されるというパッケージの
文言もいまいち甘い。個人責任というならばしっかり情報公開してもらわねばフェアではない。健康には全面的に、完璧に悪い。そんなものを生産して利益を出しているのがJTだから
僕はその存在自体が疑問なんだけれど・・・。
今読んでいるのは、上野千鶴子[発情装置]
年末、浜松の実家で昔の写真をみた。
昔の8㎜フィルムを見たり色々と懐かしかった。
僕は写真の中から一枚を持ち帰った。
それには1987.4.26に撮られた兄弟3人が写っている。
キッチンでケーキを食べ終わったという感じ。日付からして
僕の10歳の誕生日なのだと分かる。
兄と僕の着ている服、僕が持っているラッコの柄のフォーク、
すべてを思い出す。
僕と妹の口の端には今食べたばかりのケーキのクリームがついている。
ほっぺたは赤いし、3人ともニコニコしているし、6つの瞳にはすべて星が。
カメラ目線まっしぐらだから。
楽しい家族の時代が確かにあったのをすぐさま思い出させてくれる写真。
いいものです。
今読んでいるのは、宮崎哲弥[新世紀の美徳 ヴァーチャス・リアリティ]
広島市の東隣の呉市には海上自衛隊の基地がある。
今回のイラク派兵でも「輸送艦おおすみ」と「護衛艦さみだれ」が出動した。
出動する時には防衛庁から人間がきて隊員に向けて挨拶をする。
これは北海道の陸上自衛隊で小泉首相が挨拶したのと同じようなこと。
そこそこ偉そうな人が来ることによって派兵の正当性を隊員に印象付けようと
しているのだろう。
前から気になっていたのだが、この手の挨拶では
「多くの国民が諸官の活躍を期待している」
という言葉が必ず使われる。
政治家がそしてイラク現地にいる自衛官に送る言葉は
「危険な任地で任務をまっとうしている」
といった類の言葉。
なんだかこういうのはいやですね。
今に自衛隊が違憲だ、国外に派兵するな、髭が笑えるとかいうと
「不謹慎だよ、君!」という言葉が聞かれるかもしれない。
「イラクの自衛官を立派だとは思わないのかね?君!」って言われたらどうしよう?
不謹慎にもイラクで自衛隊に犠牲者がでることによって近年曖昧なままだった
自衛隊の解釈と憲法の問題に劇的な進歩が期待できる、
というのが最近の僕の考え。
不謹慎なんて考え方は同時代を生きる人たちの間でのみ成り立つ考え。
そう考えればイラク派兵によって自衛隊は二度と海外に出さない、という風に
憲法(あるいは憲法解釈)が変われば将来的に日本の為になるのではないか。
そう、最近はマキャベリズム的平和主義者になってしまった。
今読んでいるのは、駐日欧州委員会代表部広報部 発行[europe Winter2004]
僕がやった最後のボランティア。それは話し相手になるというもの。
場所は精神科病棟内にて。相手は28歳男性。
これは厳しかった。
ボランティア協会(以下ボラ協)の人が第一回目についてきてくれたので、
僕とボラ協の2人と相手と相手の母親の5人で始まった。
始めは自己紹介と詳しい説明、顔合わせ、雰囲気確認という感じ。
場所は江坂にある精神病院(なんだか差別的な雰囲気がある言葉だけれど)。
話を終えて病院を後にしたボラ協と僕の3人は一寸話をしたのだけれど
その時にボランティア協会の人が言ったのが「ちょっと厳しいですね。」という
感想だった。
僕も同感。大変そうだな~って正直思った。ボラ協の人もそう思って
くれてちょっと安心。それでボラ協の人はあなたには厳しいボランティアに
なりそうなので、こちらとしてもよろしくお願いしますとは言えません。
この話は断りましょうか?といってきた。
チャレンジされるとそれに挑みたくなるのが僕の性格。その時はさぞ青白い表情
だったと思われるけれど「いいえ、できる限りはやらせてもらいます」と答えた。
何が厳しかったのか?それは僕は精神病院というものについて知識が足りなかったから。
その病院はとても開放的で症状に応じて自由に外出できる人も多くいたし、
面会もそんなに規則は多くなかった。
2階が女性フロア、3階が男性フロアとなっており受付を済ませてエレベータに
乗った。3階について通路を進むとドアがある。そのドアには鍵が掛けられており
ドアの向こうはナースステーション。看護士に鍵を開けてもらってナースステーションに
入りもう一枚のドアを通って病棟のフロアに到着。
病院の建物はドーナッツのような形をしており、穴の部分は中庭になっている。
中庭に面してガラス張りの通路があって、そこにイスやテーブル、テレビなどが
置いてあり患者が自由に談笑したりすることができる。
病院内は明るくて雰囲気も落ち着いており、精神病院という言葉が連想させる
風景とは異なっていた。しかしそれでも僕は戸惑った。
そこでは僕が持っていた考えというのは通じない世界であり(といっても無法地帯
というわけではない。そこにはそこの世界観があるのだ。)、今まで自分が
いた世界とのギャップを埋められなくて苦労した。閉じられた世界であった。
その時僕が見たもの、感じたことは以下のようなもの。
患者の多くはパジャマ姿だ。男フロアなので全員男だが看護士には女性もいる。
お母さんも一緒に入場している。性別が厳密に分離されていないことがわかる。
年齢はさまざま。若年者はいない。20代後半くらいから中年までさまざま。
30代以上が一番多いようだ。
うるさい声は聞えない。テレビの大きすぎる音量が廊下に反響して耳障り。
床はきれいに清掃されているが、かすかにトイレの匂いを感じる。
ナースステーションには10程度の看護士と2,3名の医師と思われる人。
看護士は若い人が多い。
テレビに見入っている患者がいる。じっとひたすら、廊下に立って見ている。
僕は色々な人にじっと見つめられる。その視線は足元から頭まで順番に昇ってくる。
さすがにみなゆっくりと歩いている。また独自のステップを刻んでいる人もいる。
屋上には風に揺れる洗濯物とそれを取り入れている女性患者が見えた・・・。
というわけで僕には初めてのことが多すぎた。
しかし人間とは慣れるもので、卒業の少し前には病院の雰囲気にも慣れていた。
今読んでいるのは、ルソー[人間不平等起源論]
日本人はそれほど牛丼が好きだったわけではないのに、流行るものは好きみたい。
4大牛丼チェーンで牛丼が売り切れたとニュースでやっていたけれど、4大って何?
どうやらすき屋、なか卯、松屋、吉野屋のことみたい。
なか卯はうどん屋だと思っていたし松屋は定食屋じゃないの?という感じだけれど
マスコミがひとくくりにしてしまったのだろう。
この4社はアメリカ牛の禁輸措置の並じゃくて波をもろにかぶってしまった。
このうちの1社でもオーストラリア牛で勝負していれば今ごろぼろ儲けだったろう。
しかし、4社ともアメリカ牛ということは味の差があるということだね。
それにしてもなぜ牛丼ごときで列を作るのだろう?
米がなくなるわけでもないのにマスコミは騒ぎすぎだった。
しかしニュースになると牛丼を食べたいような気がする。
それでみんなならんだのか!
僕は自分で作って食べるとしようかな。
今読んでいるのは、ルソー[人間不平等起源論]
よし君が小学校を卒業したので僕のボランティアはいったん休止になった。
よし君が5年生の時に始めたので当時の僕は大学2年生。よし君の卒業時に
僕は3年生だった。うん、はっきりと思い出した。
ボランティア協会の増田さんから別のボランティアの依頼がきたのは3年生の冬だった。
これは単発ボランティアで「一人で住む老人の手助けをする」というものだった。
何かに困った老人が誰かに相談すると、誰かに指令がくだるというウルトラマンや
仮面ライダーの世界があるのがとても不思議だった。
で、僕のところにきた依頼は「寒くなったので暖房器具をだしてあげろ!」というものだった。
増田さんから住所と電話番号を聞くと僕の家のすぐそばだった。わかりました、という
返事の代わりに「ラジャー」と答えて僕は考えた。
ふーむ、暖房器具を出すというボランティアもこの世にはあるのだな。
なるほどボランティアはニッチを埋める活動のことだからね。ふむふむ。
その時は12月。老人に寒いのは辛かろうとさっそくそのおばあさんの家に電話を
かける。知らない人に電話をかけるのは非常に緊張する。しかも年代が違うからね。
電話で場所とアパートの名前を聞くとほんとに僕の家のすぐ近く。
関大から踏み切りを渡って、花屋の坂を登って市営住宅を過ぎた左側だった。
アパートというか文化住宅というのだろうか。東京っぽく言うと長屋か?
ともかく僕は大阪でこの文化住宅をみて少なからずショックを受けたものだった。
で、その家へ行って部屋に上がるとこじんまりとしていながらも居心地の良さそうな
部屋だった。まさにばあちゃんの部屋という感じ。仏壇に遺影があるとことをみると
一人で住んでいるようだった。
おばあさんに案内されて押入れの上の段からガスヒーターを取り出した。
どんなに重いだろうか、自分の腰を痛めないように腹筋に力をいれてその箱を
持ち上げるとなんとも軽い。拍子抜け。
うどんを食べる時に、陶器のどんぶりだと思ったらそれがよくできたプラスチック製で
おっとっと!と持ち上げすぎでうどんをこぼしそうになるのと同じ感覚。
うーん、ご老体とはよく言うけれど、ご老体で生活するのはこれほど難しいことなのか!
今読んでいるのは、「ナショナルジオグラフィック2002 3月号」
今日は春一番が吹いた。南からの湿った強風がとても強く
気温の割には寒く感じる一日だった。
スーパーに行ってもコンビニに行ってもデパ地下でもそこは
チョコを買い求める人がわらわらといた。
風が強くて寒かったので僕はラヴェルの亡き王女の為のパヴァーヌを1日中聞いていた。
強い風の怪しい音とたまに混じる雨の気配の冷たさ。ガラス一枚隔てた
室内はそこそこ暖かくなんとも不思議な感じだ。
スコアを取り出して、ヘッドフォンでパヴァーヌを聞いていた。
今回はオーケストラ版。
パヴァーヌはチョコにたとえられる。ピアノ版がビターチョコだとするとオケ版はミルクチョコ。
ピアノ版のくっきりとした音の輪郭とたった一つの楽器であるピアノが
醸し出すのは、カカオの香りを十分に堪能できるビターチョコ。
オケ版は弦楽器と木管楽器にホルンとハープを組み合わせた小規模の編成が
広がりを見せる。唯一管楽器のホルンと目立たないけれどファゴットの地味な
音色はミルクチョコの豊かな味わいと通じるものがある。
僕が持っているのは
ピエール・モントゥ-ロンドン交響楽団
インバル-パリ管弦楽団
マルティノン-フランス国立管弦楽団
の3枚。
それを丁寧に聞き比べるとパヴァーヌに限ってはモントゥ盤が一番。
楽器の音がはっきりしすぎてなくてなんともいい雰囲気。
まさしく口の中でゆっくりととけるミルクチョコだ。
植物性であるカカオ油脂とはまったく違う、懐かしささえ感じる乳脂肪の
香りを感じることができる。その香りはホルンとファゴットによって醸し出されているのだ。
亡き王女の為のパヴァーヌは葬送曲ではなく、
ラヴェルが「昔、スペインの王宮でちいさな王女が踊ったであろう曲」というのをイメージして作られているのだと。
今聴いているのは、ラヴェル モントゥ指揮「亡き王女の為のパヴァーヌ」
これが平和記念公園内にできたという建物。
国立広島原爆死没者追悼平和祈念館
広島ではニュースで取り上げられていたし、館内のパネルに
「誤った国策で・・・」という文言が入っていたのが話題になっていた。
最近、僕は初めてこの祈念館を訪れました。
正式名称が国立広島原爆死没者追悼平和祈念館。
くどい、くどすぎる。長崎にも同じ祈念館があるという。
展示内容は広島平和記念資料館とはだいぶ違う。
広島平和記念資料館は原爆で破壊された都市としての広島とそこに住んでいた
人々、そして現在までの歴史に焦点があてられているのに対して平和祈念館は
原爆の犠牲となった個人に焦点を当てている。
大きな円形の展示室には推定されている犠牲者と同数のセラミック片14万個で
原爆投下当時の広島の街並みが描かれている。
そして募集された体験記、被災記が閲覧できるようになっている。
写真提供があった場合はその人の遺影がデータベースに登録されていて、検索
することもできるし常に大きなスクリーンに表示されている。
確かにこういう建物は必ず必要だとは思わないけれどあってもいい。
しかし金をかけすぎ。建物も半地下で綺麗なつくり。さすが国立というべきか。
遺影は完全に電子化されており、体験記・被災記も電子化されている。
驚くべきことに図書室にある原爆関連図書にはすべてICチップが埋め込まれており
端末に近づけると図書の情報(著者など)が表示される。こんなの最後のページをみれば
わかるのに。
パンフレットにはIDコードが振られており、それを遺影映写機に入れるとその遺影が
表示される。うーんこれって必要な機能か?
なんだか無駄に金をかけました、とりあえず実用化されている機能は盛り込みましたっていう
国の丼勘定と、どうせ国はコストの計算は適当だから高いのを売ってやれという企業の
考え方が随所に見られていやな気分になった。
死者に金を使うくらいならば図書館を整備してくれ!(図書館は広島市立だけれどね)
今読んでいるのは、アガサ・クリスティ[ABC殺人事件]
近所の寺に行くと、境内の奥から山へと登山道があった。
山頂まで1600m。まあ1時間弱の距離だろう。
たいした用意もせずにいきなり山登りを決めた。
スニーカーとお茶をもっているだけ。
てくてくと登っていくと笹ががさがさとなっている。
げ!っと思って動きを止めると黒いイノシシが小道を
横切った。初めてみる野生のイノシシ。
イノシシとぶつかると怪我したりするから、耳をすませて
動きを探った。幸いすぐにどこかへ行ってしまったけれどこんな
里山にイノシシがいたとは驚き。
別の登山道から下る(実はそれは登山道ではなく、鉄塔のメンテナンスのために
中国電力が作った作業道ということが発覚)とそこにはいたるところに
イノシシが土を掘り返したあとが!!
始めはなんでこんなところを掘り返したんだろう?中国電力は!と思ったのだが
なるほどイノシシだったんだね。気をつけて見るとなんと足跡発見。
2つの爪の跡が土についている。なるほど、イノシシは偶蹄類か。
もしもイノシシが奇蹄類だったらこの足跡は足袋をはいた小人の足跡だろう。
下山途中、土が掘り返されているたびに足跡を確認した。土が柔らかいところには
はっきりと残っている。そして素人ながらこれは比較的新しい足跡、これは古い足跡
というのがわかる。どれくらい新しかったり古かったりというのがわからないのは素人だから。
これが野生動物と接するということなんだね。
そして久しぶりに僕の中の野生の血が目覚めたのがわかった。
音をださないように移動し、風向きを考え、笹の藪に目をこらし、耳をすませる。
己の体と武器を手に野生動物と対峙する。それがハンター(のような気がする)。
ぜひやってみたい。自分の中にある野生がどの程度なのか確かめてみたい。
それにしてもこんな近くの山にイノシシがいたとはね。
今聴いているのは、ラモー[三眼の巨人]
たまにはばかばかしい話を。
トムとジェリーやマリオカート、ドリフではバナナの皮を踏むとツルッとスべって
派手に転ぶ。
しかし僕が踏んだのはバナナの皮でなくバナナ。身の詰まっているバナナ。
踏んだ感触は最悪。あそこまで気持ちの悪いものも少ない。
かかとで踏んだのだけれど、柔らかいようで弾力があり、その上適度な踏み応えまで
あるのだから気色悪い。海でなまこを踏んだ(踏んだことないけど!)感触だろうか。
もっとストレートな感触は便秘の大型犬のウンコロを踏んだ感触。(踏んだことないけど下品で失礼!)
僕はバナナを置くべきテーブルというものを持ち合わせていないので床に置いていた。
これが敗因か・・・。
今読んでいるのは、上野千鶴子[発情装置]
意外と知られていないのだが、僕は学生時代ボランティアをしていた。
知られていないのは当然、ボランティアのことを知っているのは3人くらいだったから。
いつ頃始めたのかいまいち覚えていないのだが、大学2年生の後半だろう。
当時住んでいた吹田市の広報に市のボランティア協会がボランティアーを募集
しているという記事が載っていた。
ちょっと話を聞いてみるつもり程度だったけれど、そこから僕のボランティアは
始まったわけ。都合3種類のボランティアを経験したのでそれを書きたいと思う。
初めてのボランティアは「いっしょに学校に行く」というものだった。関西大学の
近くの小学校に通っている5年生の子供と週1回学校に行くというもの。
その子はよし君といった。小学校の100メートルくらい手前で待ち合わせた。
そこまではよし君の母親が車で送ってくる。でそこから僕とよし君の2人で教室
までいき、教室に入るのを見届けて終了というものだった。
このボランティアの主な目的というのが
・仕事をもっているお母さんの負担を少なくする
・色々な人に触れ合うことによってよし君の社会性を成長させる
・よし君はてんかんの発作を起こすことがあるのでそれの用心をする
ということだった。
大学生にとって早起きするのはつらいけれど週一だったしなによりも学んだことが多かった。
よし君にはきくちゃんという2つ年下の養護学級仲間がいた。
始めのころ、見知らぬ僕といっしょだとぐずることもあったよし君だが、運良く
きくちゃんが通りかかると「よし君いっしょにいこ!」と言ってくれる。
するとよし君はすたすたと歩き始めてくれるわけで・・・。いやはや女の子はやるね。
さすがに1年以上も付き合うと仲良くなって、僕のことをお兄さんと呼んでくれたり
したわけだが、普通に歩いていてなにげなく手をつながれるというのはなんとも
不思議な感触だ。
小さな手は義理や雰囲気で他人の手を求めているようには感じられなかったから。
毎週顔を会わせる母親とは少し世間話をする時間もあった。
親としては現在の状況をどう思っているのだろう?と考えをめぐらせたものだが
僕の考えはぜんぜん的を得ていなかった。
そう、親が心配していたのは常に未来のことだったのだ。今は小学校だけれど
次は中学、義務教育のあとはどうなるのだろう?そして私達(親のこと)が年老いた
時は・・・。そこを考えているように僕には思われた。
僕がボランティアをしているときにてんかんの発作は起きなかったし、移動時間を
あわせても1時間程度なのでたいした労力は必要なかった。
ボランティアを終えて近くのタバコ屋でパンとコーヒーを買いこれまた近くの公園で
朝ご飯とした。そこでは夏の気持ちい朝も冬の寒い朝も老人がゲートボールをやっていた。
今読んでいるのは、椎名誠[からいはうまい]
今までの自分の学歴を振り返ってみるほどに教師というものに不信感を覚えてしまう。
自分の為にするホントの学習というものは高校くらいから始まって、それ以前の
義務教育は勉強でも教育でもなくただの義務だったというのが僕の実感。
義務なのだから教師の質、教育内容の低さには目をつぶらないといけないのだろう。
現在の僕はほんとにそう思っている。
僕が義務教育のなかで教わらなかったことは「答えがない」問題について。
それは歴史、国語、理科について顕著だった。
なぜ南京大虐殺を教わった時に「虐殺の数には諸説ある」ことを
教えてくれなかったのだろう。
原爆において日本は被害者だが、太平洋戦争全体としては加害者だったことを
なぜ教えてくれなかったのだろう。
国語のテストで主人公の気持ちを答えさせる問いではしばしばその作者と意見が
違うことがあるということを教えてくれなかったのだろう?
理科で滑車など力学の問題で「すべての摩擦は考えないことにする」という条件が
現実といかに乖離しているか、そしてその条件がなければ机上の学問は成り立たない
ことをなぜ教えてくれなかったのだろう。
教科書に書いてあることは物事の一つの側面だけであって、視点を変えると
意見も変わってくるということをなぜ教えてくれなかったのだろう?
この不信感は今だ持っている。
教師はその当時や指導要綱の常識に則って教育を施していたのだろうけれども、
その常識や指導要綱は実は変わりやすいものだとどうして教えてくれなかったのだろう?
その根本は教育政策にあって教師にはあまり責任はないのだが、実施者として
責任をとってもらうために僕は教師に対して不信感を抱きつづけるわけだ。
個人として接する教師というものは貴重なつながりであると思うのだが、教育の
実施者として今の状況に甘んじているのは僕としては信じられない。
義務教育はだまって受け取れということなのだろうか。
今読んでいるのは、ベルトルト・ブレヒト「子供の十字軍」
年賀状をいただいた。ありがたいことである。
この賀状、もらう相手と出す相手というのがだいたい決まっている
のだが普通の手紙のように返信という形ではない。
こっちが久しぶりに受け取ったように相手にとっても久しぶりの手紙。
なんだか不思議だ。返事を書きたくなってしまう。
僕が受け取った内容と送った内容が微妙に食い違っているのがもどかしい。
これを機に連絡をとりなさいということなのだろう。
今読んでいるのは、北川透 編集[萩原朔太郎詩集]
金星が近づいているようで日没後の西の空にひときわ明るく輝いている。
冬の夕空はなんともいえない冷たさで満たされている。
夏ならば暑苦しく感じるであろう鈍いオレンジ色を背景に、
雲片がひっそりと動きを止めて浮かんでいる。
外にいた時間はわずかだったけれども、変化しやすい夕空は表情を変えている。
夏の夕空はゆっくりと変化していくのが眼で見えるけれど冬の夕空はちょっとちがう。
寒いと顔をしかめて眼をつぶった間に、空を見つめすぎて渇いた眼が瞬きをする間に
冬の夕空の色は変化していく。
今聴いているのは、ラヴェル[プレリュード クープランの墓より]
amazon.co.jpは今でも1500円以上で送料無料。
でも僕が買うのは年に2回くらい。CDはタワレコで買うから。
本は主に図書館で読むし、新刊もリクエストして読むからね。あまり買わない。
アマゾンが楽しいのは検索機能が充実しているのと、コミュニティ機能があるから。
クラッシックのCDで曲、演奏家、指揮者、オケを限定して検索することができる。
アマゾンで検索してタワレコで注文というのもよくやる。タワレコはポイントカード
があるからね。
アマゾンのコミュニティ機能のカスタマーレビューは面白い。CDやDVD、本などに
ついて感想が書いてある。タワレコのbounceにもレビューがあるけれどあまり
公平ではない。悪いことは書いてないからね。
でもアマゾンはweb上だけあって、これはいまいちだとか、これは最悪だとかも
書いてある。それがおもしろい。
こういう僕も14つほどレビューを書きました。
どこかで僕が書いたのに出会うかもね。
今聴いているのは、Kahimi Karie[Zoom Up!]
しばらく前まで僕はモグリのドリカムファンだった。
ドリカムは女の子が聴くもんだと勝手に思い込んでいたから。
この思い込みはそもそもカラオケに原因がある。
ドリカム、いい歌なんだけれどキーが高いから男には歌えない。
というわけで、
「カラオケでドリカムは女の子の曲」
と決めていた。
それがいつのまにか
「ドリカムは女の子の曲」
という風に思うようになってしまった。
TUTAYAでレンタルした「Best of Dreams Come True」というアルバムには
3曲目に「うれし!たのしい!大好き」が、4曲目には「うれしはずかし朝帰り」が
入っている。このおかげで僕は正しいタイトルを覚えることができない。
ドリカムは恋の歌が多いと思うけれど、ラブラブで勢いのある曲、
別れてしまいました泣けてくる、あっ好きになったかも、というような
女心のようなものがストレートに表現されている。
ドリカムはどちらかといえば女性に人気があるような気がするので、この女心に
共感できるからなのだろうか。
僕はドリカムを聴いて「ふーむ、女の子はこんなことを考えるのか」と思ったこと
が結構ある。ヤイコも恋の歌が多くて聴いていて楽しい。僕はあまり歌に共感は
しないのだけれど、ドリカムやヤイコの目(歌)を通すとそういう風に世界が
見えているのか、と感じることも多い。
今聴いているのは、Dreams Come True[笑顔の行方]
ちょっと前にイチローと松井の対談をテレビで放送していた。
イチローと松井は性格が反対で、ドライなイチロー、日本人的な柔らかい松井
というのが随所に垣間見られて面白かった。
だがイチローが自身の結婚生活を振り返りながら「女(おんな)」という言葉を
連発していたこと。
イチローのいう女という言葉の向こう側には
「女はおしとやかで、聞き分けがよく、男に従属するもので役に立つ」
という意味が感じられた。
まあイチローの稼ぐ年俸は桁外れだし、個人の意見として言っていたので
問題は全然ないのだけれども、僕の中でイチローはもっとスマートでクレバーな
イメージがあったので意外だった。
今読んでいるのは、宮沢賢治[イギリス海岸]